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「うまぁ!」
初めてチャゥミンとチョエラを口にした加藤くんは目を大きく見開き、声を上げた。
「気に入った?」
「はい!とっても美味しい…!そしてお酒が進みますね」
笑いながらも、彼は食べる手を忙しなく動かし、ビールを口にする。前回あまり食べない子だなと思っていたが、今日は空腹だったのか、はたまたスパイスのマジックにかかったのか分からないが、よく食べる。私もつられて箸を動かした。久しぶりに食べたネパール料理は刺激的で、私の舌を楽しませてくれる。
「オマタセシマシタ、モモデース」
暫くすると、モモが運ばれてきた。銀色の楕円形の皿に8個、見た目は本当に小籠包だ。
「この赤いのは何ですか?」
皿の端に付いている赤いソースを見ながら加藤くんが聞く。
「これはチャトニって言って、辛めのトマトソースみたいなやつだよ。好みで付けて食べるんだ」
「オニーサン、ヨクシッテルネ!ネパールリョウリ、スキ?」
「好きだよ」
ニコリとネパーリに笑いかけると、彼は親指を上に向け「いいね!」の形を作り厨房に入っていった。陽気で人懐っこいネパール人とのちょっとしたコミュニケーションは楽しい。
視線を戻すと、加藤くんが私の方を見て固まっていた。
「あれ?どうしたの?モモ、口に合わなかった?」
「へっ?!あ、いや、めちゃくちゃ美味しいです!」
話かけると、弾かれたように口と手を動かし始めた。私も取り皿にモモを乗せ、チャトニを少しだけ付ける。店によってはかなり辛いので注意が必要だ。
パクリ、と一口で頬張ると余りの熱さに口が半開きになり思わず手を当てた。
「あっふ…」
じゅわり流れ出すカレー味の肉汁は旨味の洪水だ。チャトニの程良い辛さが味を引き締める。何とか咀嚼して飲み込むと、ビールを流し込んだ。
「ふふふ、熱いけど美味しいですね」
私の様子を見てニコニコしながら加藤くんが3個目のモモにパクつく。チャゥミンとチョエラは殆ど残っていなかった。酒も空だ。
「飲み物と料理、追加しようか?」
「はい!じゃぁ僕はレモンサワーにします。永井さんは?」
「僕は…久しぶりにロキシィ飲もうかな」
「ロキシィ?」
「ネパールの『ひえ』の焼酎だよ」
「えっ!ネパールにも焼酎があるんですか?!」
驚く加藤くんに、笑いながら頷いた。
料理は改めてメニュー表を見ながら説明し、「サモサ」と「チャタマリ」を注文した。
「サモサ」は小麦で出来た生地の中にカレー味の具沢山なマッシュポテトを入れて揚げたもので、テトラパックみたいな形をしている。「チャタマリ」は米粉を水に溶いた生地を焼き、上に味付けした鶏ミンチや卵、野菜、チーズを乗せて焼いた所謂ネパーリピザだ。
オーダーを済ませ、先に来たおかわりの酒に口をつけた時加藤くんが口を開いた。
「前に聞きそびれたんですけど、何で見切り品買われるんですか…?」
そうか、前は見た目と買う物のギャップの話になったんだっけ。そう思い出し、私は大して格好もつかないしょうもない理由を語った。
「丁度自炊を始めた頃かな…残業して、いつもより遅い時間にスーパーに行った時にたまたま半額で刺し身が買えてね。それ以来ついつい値引き品を探しちゃうんだ…それがちょっとした宝探しみたいで面白いんだよ」
「主婦みたいだろう」、と苦笑いしながら話したが、加藤くんは「成る程」と真顔で呟いた。
「よく来る常連客のおばちゃんで、同じように見切り品をよく買われる方が見えるんですが、そういう事なんですね!」
(いや、全く同じ理由ではないと思うけど…)
加藤くんが素直なのか、天然なのかよく分からない。平日のスーパーでは毎日のように顔を合わせるが、こうやってわざわざ時間を作って話すのはまだ2回目だ。前回と同様、居心地の良さは変わらなかったが。
「そう言えば、加藤くんはいつからあのスーパーで働いてるの?」
「去年の4月に、転勤してきました。今の店舗は2年目ですね」
「あ、そっか。社員は転勤があるのか」
「はい。今の会社に就職して8年目で、4年目から転勤先の希望も出せるようになります。毎年本社勤務の希望出してるんですけど、どこの店舗も万年人不足でなかなか…」
「そうか。大変なんだなぁ…現場は好きじゃないの?」
「いえ!前の店舗も今の店舗も、皆パートさん達優しくて良くしてもらってるし、お客さんも良い人達ばかりなので、現場は現場で好きなんですけどね」
彼は困ったように笑う。
きっとその笑顔の裏には色々苦労する事もあるのだろうと察しがついた。
加藤くんに対しては当たりが良くても、女性社会のスーパーだ。パートさん同士何も無い筈が無いだろうし、客だって良い客ばかりでは無い筈だ。もちろんスーパーだけでなく、どの職場に置いても大小少なからず不平不満はあるだろうが、そういった事を口にせず笑ってやり過ごせる彼を凄いなぁと思った。私なんか口を開いたら不満だらけだ。話す相手が居ないだけで。
「何で本社に行きたいの?」
「え…っと」
おや?熱意がある割に反応が鈍い。
それに、躊躇いながらこちらを覗うように見ている。
「どうしたの?」
「怒りませんか?」
何をどうしたら怒る事に繋がるのだろうか?
私が頷くと、彼は口を開いた。
「ビシッとスーツ着て仕事したいからです」
「……へ?」
怒る、と言うより素っ頓狂な声が出た。
「あああ」と両手で真っ赤になった顔を覆いながら加藤くんが小声で(店内なので)叫んでいる。
「オマタセシマシター!チャタマリトサモサデス」
絶妙なタイミングで料理が運ばれてきた。
若いネパーリは不思議そうに加藤くんを見ながら「ゴユクリー」と小声で言うと去っていく。
「…とりあえず、食べよう。怒ってないから」
「…はい」
少し落ち着いたのか、彼は自分の取り皿に料理をよそった。私も焼きたてのチャタマリを皿に載せる。トロリと糸を引くチーズが美味そうだ。サモサも綺麗なキツネ色に揚がっている。
「うーんと、スーツ着たいんだったら何でスーパーに就職したの?」
「最初は、そんな事思っていませんでした…」
彼の話をまとめると、こうだ。
幼い頃、スーパーで迷子になり店員の世話になった。その時の対応に感動し、以来スーパーで働く事が夢になる。念願適って無事就職。会社の方針で最初の1年間は現場で色々学び、2年目以降は会社が正式な配属店舗を決める。4年目からは自身も勤務地の希望を出すことができる。長年夢だった現場で仕事をすることが出来た彼が次の目標を探していた時に、店舗で大変な発注ミスがあった。その時に対応してくれた本社の社員に憧れ、以来本社勤務を希望している…と。
「何だ、単純にスーツが着たかった訳じゃないんだね」
「はい」
内心ちょっとホッとした。
スーツが着たかっただけでなく、ちゃんと他に理由があったのだ。全部話終わると、彼もホッとしたようにサモサを口に運んだ。
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