第二夜∶肉じゃがとブロッコリー

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第二夜∶肉じゃがとブロッコリー

今日は午後から外勤、そのまま直帰だった。 変な時間に食事をしてしまったため、マルトミスーパーに着く頃は小腹が減っている程度だった。 (ガッツリじゃなくていいけど…小腹に溜まってツマミになるような物がいいな…) 「あっ、こんばんは!」 「ああ、こんばんは」 自動ドアを入って直ぐ挨拶をしてくれたのは、野菜コーナーで作業をしていた加藤くんだった。 「今日は早いんですね」 「ああ、出先からの直帰で」 「お疲れ様です」と笑顔を向けると、加藤くんは作業を再開した。見ると、どうやら傷みかけたものを下げているようで、値下げシールを次々に貼っていた。社員はレジだけでなく、こういう作業もするのか。 「新ジャガか…」 「あっ、買われますか?」 「んー…」 何気無く呟いた言葉に反応され、曖昧に返事をする。ジャガイモは小腹に溜まりそうで、今の腹具合に丁度良い。フライドポテト、コロッケ、ポテトサラダ…ん、待てよ。浮かんでくるのは手間がかかる料理ばかりではないか。困っていると、こちらを不思議そうに見ている加藤くんに気付いた。 「ジャガイモを使った料理って、君なら何が浮かぶ?」 「えっ!僕ですか?!」 いきなり話を振られ驚いたような加藤くんだったが、少し考えた後思い付いたように顔を上げた。 「肉じゃがとか」 「渋いね」 思わず笑ってしまった。若い彼の口から、まさか肉じゃがが出てくるとは。 「フライドポテトとか、コロッケとかじゃなくて?」と思わず聞くと、彼は苦笑いした。 「確かに好きですけど、揚げ物は面倒だからって母親があんまり作ってくれなかったんですよ。ジャガイモ料理で一番良く出てきたのは肉じゃがでしたね」 「あー、成る程ね」 納得。 材料さえ切って調味料を入れたら後は煮るだけだ。他の材料も、肉、人参、玉ねぎと大体家にあるもので何とかなる。蒟蒻はあれば入れるし、無いなら無しでもいい。 よし、今夜は肉じゃがだな。 ならば、酒は焼酎だ。 「そのジャガイモ、いただくよ」 と彼がシールを貼ったジャガイモを見ると、「ありがとうございます」とニコリと笑った。 「話してたら、何だか食べたくなってきちゃいました」 「ははは。そうだね…実家?一人暮らし?」 ジャガイモを受け取りながら何となく聞いてみた。 「就職してからずっと一人暮らしです」 「普段自炊はするの?」 「いや、スーパーの残り弁当とかで済ませちゃいますね」 「あっ、残り弁当とか言ったらだめか」と慌てる加藤くんに、聞いたのはこちらなのにと少しだけ申し訳ない気持ちになった。 「そうか…。肉じゃがくらいなら私でも作れる(と思う)から挑戦してみたら?」 「えっ!」 驚いたようにこちらとジャガイモを見比べる。 私が料理するのがよほど意外だったのだろう。いや、それよりも彼自身、自分が料理するという事が想像もつかなかったのかも知れない。その気持ちはよく分かる。去年までは、私もそうだった。 「私も君くらいの時は弁当とか良く買っていたけど、最近身体が受け付けなくてね。あ、弁当が良くないとかじゃないんだけど…歳のせいかな。だから、最近簡単なものだけど、作るようにしてるんだ」 「そうなんですね…!」 「たまに惣菜買う事もあるけどね」と笑うと彼は頭を振った。 「それでも凄いですよ!僕も今年30だし…身体のためにも挑戦してみようかな」 「今はレシピとか何でも調べられるだろう?そういうの使ってさ。…おっと、長々と仕事中ごめんね。じゃ、頑張って」 「ありがとうございます」 そう言うとその場を後にした。 (人参と玉ねぎは冷蔵庫にあったはず…蒟蒻は買ってもいいけど下茹でが面倒だからパス。後は肉か) 精肉コーナーに向かいながら、肉じゃがのイメージを思い起こす。作るのは初めてだ。実家の肉じゃがは牛肉だったか、豚肉だったか…気にして食べていなかったため、今更ながらどちらの肉を使っていたか全く思い出せず苦笑いする。 (…ま、どちらでもいいか) 探せばレシピも両方あるだろう。いずれにせよ、かたまり肉ではなく薄切りの肉であった事には間違いない。精肉コーナーを覗くと、豚の小間切れ肉が10%引きだったため豚肉を買うことにした。 夕飯時が近いからか、店内に人が増えてきている。私は急いで会計を済ませて、スーパーを後にした。 「さて、やるか」 風呂から上り、袖をまくる。スマホを操作し、先程探しておいたレシピ画面を出すと手順を確認した。一通り見ると、調理に取りかかる。 ジャガイモはよく洗って芽を取り、一口大に切る。人参も洗って一口大に。玉ねぎは皮を剥いて繊維に沿って切る。肉と一緒に全部鍋に放り込んだら、醤油、みりん、お酒、水を入れて落し蓋をして強中火。野菜と肉が煮え、大体水分が飛んだら完成だ。コツは、触らない事。 丁寧に作ろうとすればいくらでも出来るのだろうが、逆も然り。最も簡単だと思うレシピを探した。仕事で疲れているし、なるべく手間は省きたい。実際簡単だったが、煮ている時間を持て余した。 (緑の野菜、何か無かったかな…) 小さな冷蔵庫を開けると使いかけのブロッコリーを見つけた。しかし取り出すと、アフロの部分が少し変色している。全部食べないにしても、何かしらの処理が必要だった。 (チンするか) 取り敢えず、加熱しておけば大丈夫だろう。1つしかない鍋では肉じゃがを煮ているから、耐熱ボウルでチンする事にした。 ブロッコリーを洗うとアフロを裂くように小房に分け、水を少しだけかけてラップをして電子レンジに入れて3分。あっと言う間に火が通った。今日食べる分を小皿に盛り、マヨネーズを添えた。 (肉じゃがは…もう少しかな) グツグツ煮える肉じゃがを眺めながら、ふとスーパーでのやり取りを思い出した。 (加藤くんも今日は肉じゃが作るんだろうか…) ぼんやり、そんな事を考える。今年で30歳と言っていたか。自分とはだいぶ歳が離れているが、素直で愛想がいい好青年だった。自分が30歳の時はどんな感じだったか…思い出しかけて、止めた。肉じゃがもいい塩梅に水分がとんでいる。 「よし」 カチッと火を切ると、そっと落とし蓋を取る。 ホワッと良い香りの湯気が上がり、湯気の中から黄金色のジャガイモが顔を出した。 「おお…!」 初めてにしては上出来ではないか。 ジャガイモを崩さないようにそっと皿に盛り、ブロッコリーと共にローテーブルに運んだ。料理が冷めない内にと、急いで芋焼酎の水割りを用意する。 「いただきます」 箸でジャガイモを割るとホロリと崩れた。肉、玉ねぎと共に口に運ぶ。 「あ、あふ…!」 想像したより熱々で、口を半開きにして空気を入れながら口内でジャガイモを転がす。大きめだがしっかり味が染みており、咀嚼すると玉ねぎの甘みと肉の旨味が広がった。すかさず、焼酎を迎え入れる。口内の熱が、スッと引いていった。 (うま…) ゆっくり食べている内に、肉じゃがは次第に粗熱が取れ味が落ち着いてくる。沢山作り置きし、味が馴染んだ物を楽しむのもいいかも知れない。作らなくて済むし、とついつい打算的な事を考えてしまった。 チンしたブロッコリーもマヨネーズを付けただけで充分美味い箸休めになる。緑が少し食卓に入るだけで健康になった気になってしまうのは、浅はか過ぎるだろうか。否、四十過ぎの独り身にしてはよくやっている方じゃないか。心の中でぐらい、自分を褒めて労っても罰は当たらないだろう。 心地よく満たされつつある腹に、気持ちも満たされていくのであった。
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