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「うまぁ!」
初めてチャゥミンとチョエラを口にした僕は思わず声を上げた。初めて食べる筈なのに、どこか懐しい。異国の料理にもかかわらず、全く抵抗無く美味しく食べられた。
「気に入った?」
「はい!とっても美味しい…!そしてお酒が進みますね」
空腹だった事もあり、手が止まらない。
程なくして、モモも運ばれてきた。見た目はまるきり小籠包だ。皿の端にソースみたいなものが付いている。
「この赤いのは何ですか?」
「これはチャトニって言って、辛めのトマトソースみたいなやつだよ。好みで付けて食べるんだ」
店員さんが答える前に、永井さんが教えてくれた。すると店員さんは満面の笑みを浮べ、「オニーサン、ヨクシッテルネ!ネパールリョウリ、スキ?」と聞く。
「好きだよ」
―ドキリ
それはネパール料理に対してで視線は店員さんの方を向いていたが、何故かその言葉を聞いた瞬間に自分の心臓が大きく波打った。戸惑って、思わず動きが止まる。
「あれ?どうしたの?モモ、口に合わなかった?」
「へっ?!あ、いや、めちゃくちゃ美味しいです!」
話かけられて我に返り、ぎこちなく口と手を動かし始めた。永井さんも安心したようにモモを口にする。
「あっふ…」
口元に手を充て、はふはふしながらモモを食べる永井さんの姿が可愛く思えてしまい、思わず微笑んだ。
「ふふふ、熱いけど美味しいですね」
「飲み物と料理、追加しようか?」
(しまった!永井さんを見てて気付かなかった…)
自分の皿とグラスが空になっている事に言われてから気付き、苦笑いした。
「はい!じゃぁ僕はレモンサワーにします。永井さんは?」
「僕は…久しぶりにロキシィ飲もうかな」
「ロキシィ?」
「ネパールの『ひえ』の焼酎だよ」
「えっ!ネパールにも焼酎があるんですか?!」
驚いた。焼酎って日本だけのものだと思っていた。追加で注文した料理も、説明はしてくれたがどういうものか想像がつかない。世界には色々な料理があるんだな、と思っているとすぐに追加オーダーした酒が運ばれてきて口をつける。
「前に聞きそびれたんですけど、何で見切り品買われるんですか…?」
前はそこから脱線してしまって、結局理由を聞きそびれていたのだ。すると、永井さんは苦笑いしながら話してくれた。
「丁度自炊を始めた頃かな…残業して、いつもより遅い時間にスーパーに行った時にたまたま半額で刺し身が買えてね。それ以来ついつい値引き品を探しちゃうんだ…それがちょっとした宝探しみたいで面白いんだよ…主婦みたいだろう」
「成る程…よく来る常連客のおばちゃんで、同じように見切り品をよく買われる方が見えるんですが、そういう事なんですね!」
僕がそう言うと、永井さんは一瞬キョトンとした表情をしたが「そうかもね」と軽く頷いた。
「そう言えば、加藤くんはいつからあのスーパーで働いてるの?」
「一昨年の4月に、転勤してきました。今の店舗は今年で3年目に入ります」
「あ、そっか。社員は転勤があるのか」
マルトミスーパーは一部地域を中心に展開する、地域密着型スーパーだ。店舗は12店舗程あり、僕の勤める小型店舗の他大型店舗が5つある。店舗によって品揃えや客層が異なる為、社員は環境に刺激を与えるため定期的に転勤がある。勿論本社を含めて。
僕は何年か前から、本社勤務の希望を出していた。理由は色々あるが、決して現場が嫌いな訳では無い。
「何で本社に行きたいの?」
「え…っと」
まさか突っ込まれると思っておらず、返答に窮した。理由は…言ったら真面目に仕事をしている人に怒られそうな内容だったからだ。
「どうしたの?」
「怒りませんか?」
恐る恐る聞くと、永井さんは頷いた。
「ビシッとスーツ着て仕事したいからです」
「……へ?」
キョトンとした永井さんを前に恥ずかしくなって
「あああ」と両手で真っ赤になった顔を覆う。
「オマタセシマシター!チャタマリトサモサデス」
絶妙なタイミングで料理が運ばれてきた。
僕をチラリと見ると、小声で何か言ってそそくさと去っていった。絶対、引いてたよな…
「…とりあえず、食べよう。怒ってないから」
「…はい」
料理を取りながら、何故僕がスーパーに就職したかの話になる。
そもそも僕がスーパーに就職するきっかけは、幼少期まで遡る。
実家が飲食店だった。
話の前に理っておくが、僕には2歳年下の妹がいて名前を沙織と言う。
僕と妹は毎週週末になると両親と共にスーパーに買い出しに出かけていた。業者に発注して店まで届けて貰うものもあったが、量が少ない物や業者が取り扱っていない物はスーパーで購入していたのだ。
周りの友達が土日に両親とお出掛けしたり、遊びに行ったりしている中、僕と妹が週末に両親と行くのはスーパーだった。そしてそのスーパーで、好きなお菓子を1個だけ買って貰える。それが週末の唯一の楽しみだった。
しかし、ある日いつものようにスーパーでお菓子を選らび両親の元に戻ろうとしたら、迷子になってしまったのだ。泣きじゃくる妹の手を握り、「お兄ちゃんだからしっかりしなければ」と自分は泣きたいのをグッとこらえ、妹を励ましている時に、迷子の僕達を店員さんが見付けてくれた。子どもだけで心細かった僕に優しく手を差し伸べ、手を繋いで歩きながら一緒に両親を探してくれたのだ。
そして無事再会できた時の喜びといったら無かった。
それ以来、スーパーの仕事に興味を持ち始めいつしか働いてみたいと思うようになったのだ。
アルバイトも募集していたのだが、残念ながら学生時代はずっと実家の飲食店を手伝っていたので働く機会が無かった。
このまま、実家の飲食店を継がなければいけないのか。
妹は、いつか嫁いで実家を出ていく。
とすれば、店を継ぐのは必然的に長男の僕だ。
しかし進路の話を初めてした時、父親ははっきり「継がなくていい」と言った。お前にその気が無いなら、継ぐ必要は無いと。
僕は父親の作る料理が好きだったし、実家の店も好きだった。手伝いは大変だったけど、この店と共に育ってきた…思い出もある。気持ちが無かった訳では、決して無い。
しかし同時に、中学、高校、大学と進み社会が広がり付き合う友人の幅も広がると、外の世界へ出て働く事への憧れが大きくなっていった。
そして考えに考えた末、一般企業への就職を決めたのだった。
希望通り今のスーパーに就職できた僕は無我夢中で働いた。初めの1年間は現場に出るのが会社の方針だ。飲食店以外の仕事が初めての為、やること全てが新鮮で面白くて仕方なかった。
そして4年目。仕事にも慣れてきて、そろそろ次の目標を探していた時、勤務していた店舗で大変な発注ミスがあった。その時に本社から出向してきた人が速やかに対応してくれて事なきを得た。その仕事ぶりに感動し、本社勤務を希望するようになったのだ。
因みに…
実家の飲食店はコックコート、今のスーパーの現場はユニフォームにエプロン…スーツに縁のない仕事ばかりだった為、スーツに対して憧れがあるのは本当だ。
「何だ、単純にスーツが着たかった訳じゃないんだね」
「はい」
長々と話してしまったが、永井さんは嫌な顔ひとつせず、真剣に話を聞いてくれた。全て話終えるとホッとして、ホッとしたらお腹がまた空いてきて目の前のサモサを口にした。
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