休肝日?∶初めてのネパール料理

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「永井さんは何の会社にお勤めなんですか?」 僕が沢山話してしまったけれど、もっと永井さんの事が知りたい。 「僕?僕はサプリメントの会社だよ」 「えっ!凄い!サプリメント作ってるんですね!」 「えーっと、研究員ではないから作っては無いかな。営業がメイン」 「だから毎日スーツなんですね」 思わず、スーツに対する憧れからポロリと言ってしまった。同性の僕が言うのもなんだが、本当に永井さんはスーツが似合う。 「転勤は無いんですか?」 「会社自体が、本社か工場しか無いからね。よっぽどの事がない限り転勤は無いかな…」 良かった、と安堵している自分に気が付き、驚いた。転勤して会えなくなるのは寂しいと思ってしまったのだ。しかしよくよく考えると、自分の本社勤務が叶ってしまったら自分がここから離れなければならなくなる…。 一緒グラリと大きく気持ちが揺れたが、酒の力で何とか笑顔を作った。 「お休みの日は何してるんですか?」 「んー…、昼まで寝てるか、朝起きれたら家の事やったり、たまにだけど日帰り温泉行ったり、街をブラブラしたり」 「楽しそう…確かに、そんだけ充実してたら彼女とかも必要ないって思っちゃいますね」 顔は笑っていたが、言ってから内心首を傾げた。どうして僕は、すぐ恋愛(そっち)に話を繋げてしまうのだろうかと。彼女が出来ない自分は、彼女なんかいらない、そう、思いたいのだろうか。 「まぁね、気楽でいいよ…恋愛は、僕には嗜好品みたいなものだから」 「嗜好品?」 その独特な例えに、首を傾げる。 「そう。酒や煙草や珈琲みたいなさ。 絶対無きゃ生きていけない「必需品」ではないということ。あったらあったで、気持ちを豊かにしてくれたり、日常にちょっとした刺激を与えてくれるものだけど、無きゃ無いで済んじゃうんだよ」 「成る程…!」 目からウロコだった。そういう考えもあるのか。 「まぁ恋愛の場合は相手ありきだから、嗜好品のように「いつでも」「手軽に」できる訳では無いけどね。第一、相手を大切にしないといけない。だから嗜好品イコール恋愛ではなくて、あくまで概念の話」 きっと、何人もの人と付き合って沢山経験を重ねたのだろうなと…聞きながら、だんだん複雑な心境になってきた。いや、ここは複雑な心境になるのではなく、人生の大先輩に学ぶべき場面ではないのか。 「いいなぁ…」 呟いて、ビールを一気に飲み干した。 「好きです」 「え」 「そういう考え方」 「…それはどうも、ありがとう」 一瞬永井さんは驚いたような顔をしたが、すぐに穏やかな笑みを浮かべた。 ビールを追加オーダーし、残っていた料理と共に食べ進める。食べながら、最近作ったツマミや酒の話、スーパーの裏情報など色々な事を話した。 「あー、お腹いっぱい…美味しかったぁ」 「僕もお腹いっぱい…加藤くんよく食べたね」 よく食べたねと言われ、思わず恥ずかしくなり笑って誤魔化した。「そろそろ行こうか」と言われ席を立つ。まだまだもっと話たかったが、お腹もいっぱいだ。それに、次に会って話す楽しみもできる。僕達は会計を済ませ、店を後にした。 「今日はありがとうございました。楽しかったです!」 色々話していたら、すっかり遅くなってしまった。大通り沿い以外、光がまばらに点いた薄暗い道を歩く。来た道をそのまま戻っていたが、逆から見える景色の違いから、全く別の道を歩いているように感じる。 帰り道が一人だと不安で酒量を抑えるが、今日は永井さんが一緒だ。安心感からか少し飲みすぎてしまった。まぁスーパーまで戻れば何とか帰れるだろう。 「家は…スーパーから近いって言ってたけど、どの辺?」 「えーっと、スーパーからちょっと北に行った所です」 「送るよ」 僕の自宅の場所説明の仕方が心許無かったのか、永井さんが心配そうに覗き込む。 「えっ、大丈夫です!一人で帰れます!」 「うーん、僕が心配だから送らせて?」 「えっ…あ、ありがとうございます」 迷惑をかけちゃいけない、そう思って断ったが、「送らせて?」なんて言われたら「はい」って言うしか無いじゃないか…。多分、女性だったら一発で落ちていただろう。経験の豊富さが垣間見える。結局一緒に15分程歩き、自宅前まで送ってもらった。 「送って頂いてありがとうございました」 「いやいや、送るって言ったの僕だし気にしないで。じゃ、お休み」 「あのっ」 「ん?」 また、会いたい。話したい。 「良かったら、今度は家で飲みましょう!今日お話したツマミとか僕作るので」 その気持ちが強すぎて、格好悪いくらい必死になって繋ぎ止めようとしてしまった。 「うん、ありがとう。またね」 「はい、お休みなさい」 「お休み」 …良かった。 必死になりすぎて引かれるかと思ったが、永井さんは穏やかに笑って返してくれた。歳上の余裕というやつだろうか。とにかく、良かった。 今日の余韻に浸りながら、薄暗い中だんだん小さくなっていく背中が見えなくなるまで見送った。
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