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第十二夜∶ユッケ
(…これは…迷子、だよな?)
いつも通りスーパーにやってきて色々物色していると、鮮魚コーナーから1本入った調味料売り場の通路でキョロキョロしている男の子を見付けた。近くに大人はおらず、不安げな表情。恐らく、迷子だろう。
普段子どもとは接点が無く、扱いが分からない為様子を伺っていたが、一向に大人が現れる気配は無い。男の子は、とうとう通路の端にしゃがみ込んでしまった。このまま、放おっておく訳にはいかない。私は意を決して男の子に近付いた。
「ぼく、ママとはぐれちゃったの?」
同じようにしゃがみ込み声をかけると、男の子はハッとしたように顔を上げた。
「…うん」
「おじちゃんと、一緒に探そうか?」
なるべく優しく声をかけたが、男の子は頭をブンブンと横に振った。
「ママにね、はぐれたときはうごいちゃだめって、いわれてるの」
成る程。行き違いにならないようにか。
しかし4、5歳だろうか、母親の言付けを覚えており、実行できるしっかりした男の子だ。本人が動けない、と言うのだからこちらもどうしようも無かったが、一人にしておく訳にもいかない。
「じゃぁ、ママが来るまでおじちゃん一緒に待っててもいい?」
「うん!」
不安げな表情が、少しだけ明るくなる。
見ず知らずの他人だから相変わらず不安なのだろうが、「大人」が近くにいる事で少しだけ不安が和らいだのかも知れない。
しゃがむ脚が辛くなり、片膝をついて男の子の手を握った。早く母親が見付けてくれないかと、心から願いながら。
「智也!」
「ママ!」
5分くらい経っていただろうか。
後ろから呼ばれた声に、男の子は弾かれたように顔を上げ、一目散に声の主の元に駆け寄った。
「ママぁ!」
母親が泣きじゃくる男の子を抱き上げ、宥める。
私はホッとしてその場を立ち去ろうとした。
「すみません、ありがとうございました」
男の子の母親に礼を言われ、会釈で返した。
礼を言われる程の事はしていない。無事見付けられたのは、男の子が母親の言付けをきちんと守ったからで、自分は一緒に居ただけだ。
「あ!見付かりましたか?良かった!」
「すみません、ご迷惑をかけました」
母親に駆け寄り男の子の無事を確認しに来たのは加藤くんだった。どうやら母親が、迷子になった子どもを一緒に探してほしいと店員に声をかけていたようだ。男の子が「おじちゃんがいっしょにいてくれた」と私の方を指す。
「あっ!永井さんじゃないですか!ありがとうございます」
「いや…」
本当に私は何にも感謝されるような事はしていないのだが…。加藤くんにまで満面の笑みでお礼を言われ、居た堪れなくなり足早にその場を後にした。
(それにしても、無事に母親が見付かって良かった…)
鮮魚コーナーに戻り再び物色を開始する。
どうやら一悶着あった間に値引きシールが貼られていたようで、店頭に並ぶパックの三分の一くらいが20%引きになっていた。
(嬉しい事もあったものかな!)
刺し身は好物の中でもかなり上位だ。
その中から色々な刺し身の切れ端を寄せ集めた「切り出し」のパックをカゴにいれた。食べ方は決まっている。そのまま食べても美味しいのだが、ユッケにするのだ。これくらいなら、疲れていてもできる。しかし流石に副菜までは気力が回らなかったので、惣菜コーナーで筍とフキの炊き合わせを購入して帰路についた。
「さて、やるか」
風呂上がり、腕捲くり。
と言っても、ユッケのタレは風呂に入る前に作ってしまっているので、そのタレと刺し身の切り出しを混ぜ合わせるだけだ。
因みにタレは、酒、味醂、醤油をレンチンし、熱々の所に擦り下ろし生姜、すり胡麻、刻みネギを混ぜ合わせ、完全に熱が取れたら完成だ。冷ます時間が欲しかった為、風呂に入る前に作っておいた。完全に冷めているのを確認し、刺し身を混ぜ合わせて皿に盛る。最後に中央を少しくぼませて卵黄を落とす。(卵白は明日の味噌汁に入れる)筍とフキの炊き合わせはパックごとローテーブルに運んだ。今日の酒は焼酎のお湯割りだ。
「いただきます」
焼酎を一口、口内を温めユッケを口にする。甘辛いタレが絡まった刺し身は更に生姜とネギの風味をまとい、パンチのある味になっている。焼酎との相性も抜群だ。
「店内調理」と書かれた筍とフキの炊き合わせ、「国産筍使用」という能書きの効果か美味しく感じられる。出汁の味が濃い目で酒が進んだ。
―ピコン
「ん?」
食べていると、スマホからメッセージの通知が。
開くと、加藤くんからだった。
『今日は迷子の子を助けて下さってありがとうございました。僕も、思わず小さい時の事を思い出しちゃいました。あの男の子も、永井さんが一緒に居てくれて心強かったと思います。本当にありがとうございました』
律儀な子だなぁ、と思い自然と笑みが溢れた。
自分は迷子になった記憶がない為、(なっていたかも知れないが)一緒に居て大して意味があったのかと思ったが、とりあえず役に立てたようで良かった。
『わざわざ連絡してくれてありがとう。
加藤くんもお疲れ様。』
短いが、これで充分だろう。
返事をし終えると、私は食事を再開した。
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