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第十三夜∶加藤くんのおもてなし料理
「お邪魔します」
約束した土曜日の夕方、私は加藤くんの住むアパートを訪れた。仕送りをお裾分けしてくれる上、料理まで作ってくれるというので私は行きつけの酒屋で珍しいクラフトビールを何本か購入し、手土産として持参した。
「狭いですけど、適当に寛いでて下さい」
いつもとは違うエプロン姿で迎えてくれた彼は、笑顔で部屋に迎え入れてくれた。
「これ、良かったら」
「うわ!こんなに沢山!ありがとうございます!ビールですか?」
「うん、クラフトビール」
早速冷蔵庫にしまう彼を横目に上着を脱いだ。
既に取り皿や箸などが準備されたローテーブルの前に座り部屋を見回す。
物こそ多いものの、それなりに整頓されており窮屈さは感じられなかった。部屋の隅に寄せられた大きな段ボール箱が例の仕送りだろうか。
「あれが例の仕送り?」
「はい」
「中を見ても?」
「はい、大丈夫です」
了承を得たので、私は箱に近付き中を覗いた。
「エッ!?」
「あはは…そうなりますよね」
こちらを見ながらローテーブルに料理を運ぶ加藤くん。私は見間違いではないかともう一度箱の中身を確認する……どうやら、見間違いではないようだ。
大量とはどれくらいのものなのか…そこには、私の想像を遥かに超える量の食材が入っていた。
「お店でも開くの?」
思わず真顔になって聞くと、彼は「違いますよ」と笑った。
「とりあえず、食べませんか?食べながらお話します」
それもそうだ、と頷いてから改めてローテーブルの方を見て驚いた。
「凄いね…!これ、全部加藤くんが?」
「大したもんじゃないんですけど」
「いやいや」
ご謙遜を。
砂肝のアヒージョ、トマトとモッツァレラのカプレーゼ、ブロッコリーとエビのサラダ、長芋のチーズ焼き、スモークサーモンが乗ったバゲット…品数といい見た目といい、本当に最近自炊を始めたばかりだろうかと目を疑うばかりの料理達が並んでいた。
私が驚いていると、加藤くんが冷蔵庫からビールを出してきてくれた。
「はい、永井さん」
「ありがとう」
「乾杯」
カチン、と缶が鈍い音をたてた。
「それにしても本当に凄いね!」
「作り出したら何だか楽しくなっちゃって…作りすぎましたかね?」
「とんでもない!全部いただくよ」
正直全部食べ切れるかは微妙なラインだったが、折角腕を奮ってくれたのだ。とりあえず全て少しずつ取り皿に取った。先ずはブロッコリーとエビのサラダからいただく。加藤くんが少し緊張した面持ちでこちらを見ている…
「うん!エビがプリプリで美味しい。味加減もちょうどいいね」
「良かったぁ」
ホッとしたように表情を崩し、彼も食べ始める。
私は次に砂肝のアヒージョを口にした。弾力ある食感が楽しく、ニンニクと胡椒が効いておりビールが進む。
「砂肝って処理大変だったんじゃない?」
「ちょっと時間かかりましたが、最後の方は慣れてきて結構早くできるようになりましたよ」
嬉しそうな顔につられ、こちらもつられて笑顔になる。砂肝の処理もそうだが、スモークサーモンが乗ったバゲットも、よく見ると下にガーリックバターが塗ってあり手が込んでいる。
自炊するようになって、こういった「ちょっとしたひと手間」に気付くようになった。より美味しく食べて欲しいという気持ちが感じられ、一層料理が美味しく感じる。
「ポテンシャル高いなぁ…あ、でも実家が飲食店なんだっけ?」
「確かに実家は手伝ってましたけど、料理は作ってませんよ。ドリンクは作ってましたけど」
カプレーゼを食べながら、加藤くんは苦笑いした。
「ちょっと用事があって実家の妹と連絡を取ったんですけど、その時に自炊を始めた話をしたんです。そしたら妹が母にそれを言ったようで、母から大量の食材が送られてきて…見た感じ、多分店で使うものを発注する『ついで』に僕の分を上乗せして、それをそのまま送ってきたみたいで」
「ああ、そういうことか!」
だから全部業務用サイズなのか。
合点がいき大きく頷いた。パスタやジャムなどは日持ちするだろうが、トマト缶やカレー缶は一度開けたらそこそこの日数で使い切らねばならないだろう。
「有り難いけど、確かに一人では消費が大変かもね」
「そうなんですよー!」
彼は困ったように笑いながら長芋のふわふわ焼きを口にし、ビールを飲むと缶に視線を移した。
「PUNK IPA…?」
「スコットランドのビールだよ。クラフトビールを飲み慣れて無くても飲みやすいだろう?」
「はい!キレがあって美味しいです!」
「色々種類買ってきたから、試してみて」
「ありがとうございます」
加藤くんはニコニコと笑いながら再びビールを口にした。心なしか、過去に一緒に飲んだ時よりペースが早い気がする。
「そう言えば、実家は何の飲食店なの?」
「喫茶店です、昔ながらの」
「あ、そうか。バンとジャム…モーニングか」
「そうです、そうです!」
楽しそうで何よりだが、少しだけ心配になった。まぁここは彼の家だし、帰らなければならない事も無いから問題無いといったら問題無いのだが…。
「昔ながらのって事は、店をやって長いんだ」
「はい、僕が幼稚園の時に店始めたので…かれこれ24?5?年ですね」
「そりゃ凄いじゃないか」
私は素直に驚いた。
変わっていく時代の流れの中でそれだけの間続けられるという事は、それだけその店が愛されている証拠だ。感心する私を見て、彼は微かに微笑んだ。
…ん、でも待てよ?
確か加藤くんは彼と妹の二人兄妹じゃなかっただろうか。妹は結婚したら家を出ていくだろうし、彼は今スーパーに勤めているということは…お店はこれからどうなるんだ?
「ゆくゆくはお店を継ぐの?」
素朴な疑問だった。
長年愛されてきたお店を、どうするのか。
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