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第十四夜∶桜鯛の刺し身
桜の開花宣言がされた。
私の住んでいる地域ではまだ三分咲き程度だったが、それから更に一週間経ちようやくこの辺りの桜も八分咲きにまでなった。週末には各地、花見客でごった返すだろう。
少し早かったが、加藤くんのシフトの都合で花見は今日になった。今私は待ち合わせの駅にいる。約束の時間の5分前だ。
「永井さーん!」
少し離れた所から、私の姿を見付けた加藤くんが走り寄ってきた。
「すみません、遅くなってしまって」
「いや、まだ5分前だから遅くないよ。僕が早く着いちゃったんだ」
相変わらず律儀な子だ。
「次からは5分以上前に来ます」と真顔で言うので笑ってしまった。
「じゃ、行こうか」
「はい」
切符を買い、電車に乗り込む。
土曜日だからか、中途半端な時間にも関わらず人が多かったので二人して電車の出入り口付近に立った。流れていく景色を見ながら、いつも一人で出かける時には感じないような楽しさを久しぶりに感じる。
「電車、久しぶりに乗りました」
加藤くんが窓の外を見ながら呟くように言った。
「普段全く使わないの?」
「はい。休みの日なんかは家で色々やってると1日あっと言う間に過ぎちゃうので、あまり出掛けられないですね。連休ならもっと時間に余裕があるんでしょうけど、シフト制だとなかなか連休が無くて」
「そっか…大変なんだね。今日は大丈夫だったの?」
「はい!いつもなら休みの日にやろうと溜め込んじゃう家の事を事前にやってきたから大丈夫です!」
毎週決まって土日休みの私とは時間の使い方が違う為、今日時間を作る為に仕事後帰宅してから家事をやっていたようだ。
「疲れてない?大丈夫?」
「いやいや、まだ午前中ですし元気ですよ!今日が楽しみすぎて昨日なかなか寝られませんでした」
「小学生みたいだな…」
思わず笑ってしまい、加藤くんは恥ずかしかったのか顔を赤くして窓の外を見る。
「今日は時間つくってくれて、ありがとね」
「え…」
加藤くんは驚いたようにこちらを見た。
当たり前のように土日休みで時間に余裕がある私と、シフト制で休みがまばらな彼とは生活のリズムが違う。今日1日時間をつくる為に彼がしてくれた事を思うと、自然と言葉が出てきた。
―ご乗車ありがとうございます。
間もなく…お降りの方は…
「あ!次です!」
社内アナウンスが聞こえると、加藤くんははっと顔を上げた。駅が近付いてくると、車窓からも桜並木が見える。程なくして駅に到着すると、ぞろぞろと同じ目的であろう客に紛れて降りた。
川沿いの桜並木までは駅から歩いて10分程だ。
「…わぁ!綺麗ですね!」
「本当だね」
階段を登り堤防の上に出ると、見事な桜並木が川の両端に続いていた。流石に名所と言われるだけあり、きちんと遊歩道が整備されている。場所によっては露店も出ているようだ。他の花見客の流れに乗って、ゆっくり歩いていく。
「何処まで続くんだろう…」
「適当な所まで行ったら、橋を渡ってUターンしようか」
「はい。あ、見て下さい!」
彼が指さした先、散った花びらが川の水面を薄ピンク色に染めていた。
「まるで桜の川だ…」
「綺麗ですね…ここに来ないと見れない景色ですね」
「本当に。足を運んだ甲斐があったね」
「はい」と嬉しそうに笑う加藤くんにつられて、こちらも笑顔になる。
空は青く晴れ渡り、そよ風が心地良い。絶好の花見日和だった。八分咲きの桜でも充分見応えがあり、美しい。
人の波にのって20分くらい歩くと、露店が出ている場所に差し掛かった。
「何か食べる?」
「そうですね」
歩き食べは好きじゃなかったが、露店の奥にちょっとしたスペースがあり、テーブルや椅子も置かれている。ここでなら腰を落ち着けて食べられそうだ。
とりあえず休憩がてら椅子に座って露店を眺める。焼きそば、お好み焼き、フランクフルト、フライドポテト、カキ氷、チョコバナナにリンゴ飴…
「何だか懐かしいな…」
「ふふっ、そうですね。子どもの頃に夏祭りとかで食べたようなラインナップ」
「そうそう!」
大して美味くもないんだけど、雰囲気というのかな。それひっくるめて好きだったなぁ…
「僕、フランクフルト食べたいです!」
「いいね、僕はお好み焼きかな」
「じゃぁ買ってきますね!待ってて下さい」と私が立つ前に、彼は席を立って行ってしまった。確かに、どちらか一人残らなければ、戻ってきた時に椅子に座れる保障はない。私は隣の椅子に荷物を置いて場所を確保し、その場で大人しく待つ事にした。
しかしいい天気だ。
改めて桜並木の方を見る。
視界から人混みを外して桜と空だけを切り取ると、まるで絵画のようだった。所々に薄っすら白い雲があり、風にのってゆっくりと流れていく。
「お待たせしました!」
「ありがとう。早かったね」
「はい、丁度タイミングが良く人が並んでなくて」
「そっか」
「冷めないうちにいただきましょう」
「そうだね」
「「いただきます」」
私は透明なパックに入れられたお好み焼きを割り箸で切り、口に運んだ。
(うーん、これこれ!)
申し訳程度の肉に、ギッシリキャベツ。ソースとマヨネーズはたっぷり目で、全体的に、味濃いめ。
隣では加藤くんが、赤いケチャップと黄色いマスタードをたっぷり付けたオレンジ色のフランクフルトを美味しそうに頬張っている。
「美味し~!というか、懐かしい」
と笑顔の彼に、私も大きく頷いた。
「お好み焼き、一口食べる?」
「食べたいです!」
私はお好み焼きを割り箸で一口大に切ると、彼の口元に持っていった。
ぱくり
「んー!お好み焼きも美味しいですね!」
モグモグと咀嚼する姿を見て、ハッとした。
パックごと渡せば良かったのに、私が食べさせてしまった。加藤くんは嫌じゃ無かっただろうか?固まる私に気付いた彼が不思議そうにこちらを見る。
「どうかしました?」
「あ…いや、パックごと渡せばよかったかなと思って。食べさせてもらうの、嫌じゃなかった?」
「いえ?全然。それより、齧りかけですけどフランクフルトも食べます?」
考え過ぎか。
全く気にしていない様子の加藤くんが、「はい」と私の口元にフランクフルトを持ってきたので、ガブリと一口頂いた。
「懐かしい味…!」
ウインナーの塩気より、ケチャップの甘さが際立つ子ども味。私が口元に手を宛て大きく目を見開くと、彼は嬉しそうに笑った。
お好み焼きとフランクフルトを食べ終え、お茶で喉を潤すと再び人の波にのり散策を開始した。
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