休肝日∶お好み焼きとフランクフルト

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それから橋を渡り、先程と反対側を歩く。 「お兄ちゃん!」 後ろから声がしたがまさか自分が呼ばれているとは思わず、そのまま歩いて数歩目。 「ゆーくん!」 今度ははっきり自分を呼ぶ声がして振り向く。 僕を「ゆーくん」と呼ぶのはあいつしかいない。するとさっきの「お兄ちゃん」の声の主は… 「…沙織!良典!」 びっくりした。まさかこんな場所で会うなんて。 永井さんも驚いたように、二人と僕を見比べている。沙織が嬉しそうに話しかけてきた。 「さっき橋の所で見かけてさ、もしかしてと思って追いかけてきたの!」 「よく見付けられたな」 「こっちの背の高い人が一緒だったから」 「こちらは永井さんだよ」 「初めまして」 友人と紹介すれば良かったのだろうが、一瞬何故か躊躇って名前だけ紹介すると、永井さんは穏やかに微笑んだ。 「初めまして!妹の沙織です。こっちは旦那の良典さん」 良典は永井さんを見てニコリと笑い会釈すると、僕にに向き直った。 「久しぶり!」 「正月に会っただろ、というかゆーくんはいい加減やめろって」 「もうクセになっちゃって今更お義兄(にい)さんなんて呼べないんだよ」 嫌じゃないけど、三十路にもなって恥ずかしいんだよな… 「というか沙織、仕送りは有り難いんだけどあの量はさすがに…」  「母さんに言ってよ。私はお兄ちゃんが自炊始めたみたいって伝えただけなんだから」 わざわざ母さんに自炊の話しなくても良かっただろう… 「それより今日、店の手伝いは?」 「あ、今日は定期検診があって」 「定期検診?どこか悪い所でもあるのか?」 連絡を取っていない間に、何かあったのだろうか。急に不安になって聞くと、沙織はクスリと笑って「違いまーす」と言って鞄に付けていたキーホルダーを見せてきた。 「……えっ!?」 「ふふふ!いっぱい遊んでやってね、叔父さん!」 ええっ!?子ども?! 内心叫び声を上げた。嬉しい…! 「おめでとう!で、いつ産まれるんだ?」 「予定日は11月10日」 「そっかぁ…良典も、おめでとう」 「ありがとう」 「無事に産まれるといいな。身体、大事にしろよ」 「うん、ありがとう!お兄ちゃんもたまには実家に顔出してね」 「ん?ああ…」 「じゃぁね!」 去っていく二人の背中はすぐに人混みに紛れて見えなくなった。実家に顔出す、ね…。どんな顔して行ったらいいのやら、と自嘲した。 再び歩き出し駅まで戻ると、菜の花と桜が一緒に見られる場所があるというのでそちらに向かう事にした。 「そういやさっき、『ゆーくん』て言われてたみたいだけど」 「あ、僕の名前が『雄介(ゆうすけ)』なので、小さい頃から良典に『ゆーくん』て呼ばれてるんですよ」 「三十路にもなってそう呼ばれるのは恥ずかしいんですけどね」 「そうか、下の名前は雄介くんなんだね」 「はい。永井さんは?」 「貴文(たかふみ)」 「貴文さん」 名前を知れた事が嬉しくて、僕は繰り返して口にした。 「折角名前知れたし、雄介くんってよんでいい?」 「はい!僕も貴文さんってよんでいいですか?」 「勿論だよ」 「やった!」 名前を知るだけで、距離がぐっと縮まった気がするから不思議だ。色々話ていたら目的地までの15分はあっと言う間だった。手作りした看板の案内に従い土手を登ると… 「わぁ…!」 「これは…綺麗だね」 それ以外に、表現のしようがなかった。 畑一面に、菜の花が咲いている。菜の花の黄色が、太陽の光を反射するようにピカピカと明るく光って見える。 あれ?   「でも、桜は…?」 首を傾げると、永井さんが少し遠くの方を指差して教えてくれた。 「ほら、見てごらん」 「あ……!」 菜の花畑の反対側の土手の上、桜並木が続いている。下ばかり見ていた僕は気付かなかった。視線を少し上げるだけで、菜の花、桜、そして青空の3色の美しい景色が目前に広がり僕は息を呑んだ。 「電車で1時間でこんな場所があるんですね…」 「…来れてよかったね」 人も疎らで、のんびりした空気が流れる。 川沿いの桜も良かったけれど、僕はこちらの方が好きだった。 「ありがとう」 「え?」 「いや、僕一人だったらここに来なかっただろうからさ」 一瞬、何でお礼を言われたのか分からなかった。 一人だったら来なかったからって?僕だってそうですよ。可笑しくて、思わず笑ってしまった。 「…15時か」 駅までのんびり歩いて戻ると、いい時間だった。 昼は露店で買ったお好み焼きとフランクフルトを食べただけだからお腹が空いていた。 「お腹空きましたね~」 「変な時間になっちゃったけど、どっかお店入って軽く食べる?」 そう言ってくれたが、先程の場所から歩いて駅に戻る途中、飲食店はおろか店すら少なかったから、ここで食べる場所を探すのは大変だろう。 「うーん…貴文さんが良ければ、家の最寄り駅まで戻って早めに夕飯しませんか?」 「ああ、いいよ」 「やった!」 お腹も勿論空いていたけれど、少しでも長い時間一緒に居られるのが素直に嬉しかった。
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