262人が本棚に入れています
本棚に追加
/99ページ
「沢山歩いたね」
「本当に!久しぶりにあんなに歩きました」
16時から開いている居酒屋を探し、そこで夕飯を摂る事にした。まだ開店したばかりで、貸し切り状態だった。とりあえず注文した生ビールをチビチビ飲みながらペラペラとメニューを捲った。
「和食推しみたいですね」
「そうだね」
小難しそうな毛筆体で書かれた縦書きのメニュー表には、慣れ親しんだ和食もある。それとは別に『本日のおすすめ』と書かれたメニューを見ている時だった。
「あ!これ注文してもいいですか?」
僕が指差したのは「桜鯛の刺し身」だった。
「いいね、桜鯛」
「花見だったし、妹にも子どもが出来ておめでたいから丁度良いかなって」
お祝い事の時は鯛、少し考えが古いかなと思ったけれど「成る程!」と貴文さんは頷いてくれた。あれ?でも刺し身だと尾頭付きじゃないけど…まぁいいか。気持ちの問題だ。
他にも注文を済ませ、僕がスマホで撮った写真を見ながら今日の話なんかをした。貴文さんはどうやら写真を撮り忘れていたらしい。しっかりしているようで、どこか少し抜けてる…歳上なのに、思わず可愛いなと思ってしまった。
写真を送って欲しいと言われたので、スマホを操作していると料理が運ばれてきた。手早く操作を終え「送信しました」とスマホを置いた。
「「いただきます」」
二人して、お刺し身を一口。
「美味い…!」
「美味しいですね!」
続いて運ばれてきたたらの芽の天ぷらは初めて食べた。少し苦い大人の味で、僕は正直少し苦手だ。白エビのかき揚げは期待通りの美味しさだった。
美味しいけど、まだまだお腹は満たされなくて。
「ちょっとお腹に溜まるものも頼んでいいですか?」
僕は筍ご飯を注文した。一から処理して作った筍ご飯は食感が良く絶品だが、絶対に自分ではやらない。(やれない)
「筍って美味しいけど処理が大変ですよね」
「そうそう!食べたいんだけどね」
どうやら同じ事を考えていたらしい。
思わず笑ってしまった。
それから更に何品か注文し、飲みながら話しながら食べて店を出た。楽しい時間はあっと言う間だ。
「まだちょっと早いけど、明日仕事だよね」
「はい」
「この辺で解散にしようか」
僕を気遣ってそう言ってくれたが、本当はまだ話したかった。しかし、ここで我儘を言って困らせる訳にはいかない。
「またお出かけしましょうね」
「そうだね」
分かれ道。
僕はこの信号を渡って反対側の道へ
貴文さんは右の道へ行く。
青だった信号が点滅し、赤に変わった。
「休みが合えばいいんですけど」
「仕方ないさ」
―1回
「次は何処にしましょうね?」
「行きたい所とかあるの?」
「うーん…夏なら花火とか」
「だいぶ先だな」
―2回
「あ、日帰り温泉とか行くって言ってませんでした?」
「え?うん、たまにね」
「いいところあったら、連れていって下さいよ」
「僕は構わないけど、雄介くんが辛くない?時間的に」
―3回
「若いから大丈夫です!」
「ははは、そうかい。考えておくよ」
「お出かけはまだ先になるかも知れないですけど、それまでにまたご飯は行きましょうね」
「うん、また都合良い日に」
―4回目、信号が点滅して赤に変わる。
「今日は本当にありがとうございました」
「こちらこそ、ありがとう。気を付けて帰ってね」
「貴文さんも。お休みなさい」
「お休み」
5回目の信号で、ようやく僕は信号を渡った。
僕は名残惜しい気持を振り切るように、真っ直ぐ前を見て足早に自宅のアパートへと向かった。
最初のコメントを投稿しよう!