第十五夜∶アスパラベーコン

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第十五夜∶アスパラベーコン

4月に入り、新入社員が入ったり人事異動があったり、職場の雰囲気がガラリと変わる季節だ。私の勤める会社は本社か工場しかないので、基本的に異動はない。新入社員は入るが、小さい会社なので毎年本社に2、3人、工場にも10人程度だ。 中間管理職の私が新人の指導係につく事もなく、つまり何が言いたいかと言うと、私自身の環境は大して変わらない。 そして、今日も今日とて仕事終わりにスーパーへと足を運ぶ。 カゴを持ち野菜コーナーに目を向けるとすぐ、雄介くんの姿が目に入った。新しい社員さんか店員さんだろうか、キャベツの陳列を前に何やら話をしている。声をかけようか迷ったが、邪魔になってはいけないと思い反対側に回った。 (あっ、アスパラ!) キャベツの陳列棚の反対側に新物のアスパラがあるのを見付けて、思わず嬉しくなる。アスパラも春に食べたくなるものの1つで、私は迷わずカゴに入れた。その場で暫くアスパラと睨めっこし、昔の記憶を手繰り寄せる。 (アスパラ…高校生の時よく弁当に入ってた…あれ) 「あ!アスパラベーコン!」 思わず私が口にすると、それに反応したように「えっ」という声が聞こえて私は顔を上げる。 「あ」 顔を上げると、雄介くんが驚いたようにこちらを見ていた。彼の仕事の邪魔にならないよう、視界に入らない通路を歩いてきた筈が、何故か彼は私の横にいた。先程まで話ていた新人店員はもう居ない。 「こんばんは」 「こんばんは、今日はアスパラベーコンですか。いいですね」 ニコリと笑いながら話かけてきてくれた。 「うん。さっき話してたのは新人さん?」 「はい、新入社員です。早番なのでもう帰しましたけど」 「そっかそっか、お疲れ様」 「ありがとうございます。永井さんの所は新入社員入りました?」 プライベートとのけじめを付けるためか、彼は仕事中私を「永井さん」と呼ぶ。 「今年は2人入ったよ。…まぁ私とは接点が殆ど無いけどね。研修は若い子がやるし」 「そうなんですね!いいなぁ…研修って大変で」 「ははは…私も昔やったよ。大変だったけど、先輩後輩で仲も良くなるし、自分の勉強にもなるから頑張って」 「はい、ありがとうございます!」 「じゃぁ」と私は再び店内を歩き始めた。 話そうと思えばいくらでも話せるが、雄介くんは今仕事中だ。こちらもけじめをつけなければならない。 「さて」 次はベーコンだ。 加工肉のコーナーを覗くと、値引きシールが貼られたものがチラホラある。料理のイメージは、アスパラにベーコンがくるくる巻いてあるそれだが… (スライスベーコン、値引きが無い…) 困った。 ふと視線をずらすと、隣に置いてあるブロックタイプのベーコンは、スライスと同じ値段から30%引きになっているではないか。 (巻かなくてもいいか) 形に拘る必要はない。一緒に口に入れてしまえば同じなのだ。私は値引きになったブロックベーコンをカゴに入れ、レジへ向かった。 「さて、やるか」 風呂から上がり、袖をまくる。 アスパラは洗って下5センチくらいを切り(繊維が多く食感が悪い)、後は3センチ幅くらいに切っていく。ベーコンは折角だから、厚めに。5ミリくらいの短冊にしてザクザク切る。フライパンにベーコンを乗せ、焼き目がついたらアスパラ投入。アスパラに火が通ったら塩ひとつまみ。火を消して皿に盛ったら… (更に、コイツだ…!) 皿に盛ったアスパラベーコンの上に、半熟卵をトロリと落とす。実は帰宅途中に半熟卵乗せを思い付き、風呂の前に仕込んでおいたのだ。 半熟卵の上からブラックペッパーをかけたら完成だ。 昼夜もだいぶ過ごしやすくなってきたが、今日は少し肌寒いから焼酎のお湯割りにしよう。 電気ポットに湯を沸かし、急いでお湯割りを作ると料理と共にローテーブルに運んだ。 「いただきます」 焼酎を一口飲んで、ウォーミングアップ。 半熟卵に箸をそっと入れると、中からトロンと黄身が流れ出す。絶景かな。 厚めに切ったベーコンと太めのアスパラを半熟卵にたっぷり絡めて口に運ぶ。 塩気のある香ばしいベーコンからジュワッと脂が滲み出し、シャキシャキのアスパラがその脂をまとう。半熟卵がそれを包み込み全体をマイルドに仕上げつつも、最後にかけたブラックペッパーがピリリと刺激を効かせる。 バランスが、とても良い。口内に、余韻を残して焼酎。 (うん、美味い) ブロックベーコンだから巻く手間も無いし、厚めに切った事でジューシー感も得られた。結果オーライ。今夜も大満足だ。 (新入社員かぁ…) 接点もないし、自分自身新入社員だったのは遥か昔の事。もう思い出す事もできない。当然だ。入社してからかれこれ20年も経っているのだから。 (何だか歳を感じるなぁ…) それに比べ、雄介くんはまだ30歳だ。 しかし、話していてもあまり年齢差を感じないのが不思議だった。思い出すと、無性に話したくなってしまう。今日彼は遅番だ、疲れてるだろうし止めておこう。軽く頭を振って、食事を再開する。 (また一緒どこか行けたらいいな…) そう思いながら、気付くとスマホの待ち受けにした桜の写真に目がいっていた。
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