第十六夜∶そら豆と初鰹

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第十六夜∶そら豆と初鰹

桜も散り、朝夜も暖かくなってきた頃。 巷ではGWの予定がどうの、という会話がちらほら聞こえてくる。私の会社はカレンダー通りに休みなので、今年は5連休だ。かと言って実家に帰るでもなく、旅行地は人混みでごった返しているので何処へも行く気がせず、毎年あるこの連休が私はあまり好きではなかった。 地元の友人達とも、もう何年も会っていない。 微妙に距離がある事も理由の一つだが、既に殆どの友人が家庭を持っており、私のような単身者は地元を遠く離れている人間が多かった。まぁ元々、友人が多い方ではなかったが。 そんな事を考えながらスーパーに入り、カゴを持った。チラリとレジを見ると、雄介くんが居る。今日はレジ係か。 最近スーパーに来ると何となく彼の姿を探してしまう。久しぶりにできた友人に浮かれ気味だという自覚はある。しかし遠くの身内より近くの他人とはよく言ったものだ。 野菜コーナーを見てまわっていると、値引きシールが貼られたそら豆が山積みになっているのを見付けて立ち止まった。 (人気無いのかな…) そのままトースターで焼いて、塩を振るだけで絶品なのに。あの独特な青臭さが苦手な人が多いのだろうか…しかしこの量。切ない。私はそら豆を救済すべく、迷わずカゴに入れた。 続いて鮮魚コーナーだ。 何故か今日は値引きが早く、既にシールが貼られていた。 (珍しい…) 見ると、初鰹のタタキが20%引き。即決。 今宵の酒の肴が早々にきまったので、私はレジへと向かった。 「こんばんは」 「あっ、永井さん!こんばんは」 挨拶すると、雄介くんはニコリと笑顔で応えてくれた。相変わらず癒やされる。 「あ、この鰹のタタキ、店内で作ってるんですよ」 「へぇ、自家製なんだね。食べるのが楽しみだ」 確かに、よく見るとパックには(解凍)ではなく(自家製)の文字。これは期待できそうだ。 「そういやここって、GWはやってるの?」 「はい!休まず営業してますよ」 …という事は雄介くんも休み無しだな。 100店満点の笑顔で答えてくれた彼に、少しだけ残念な気持ちで「分かったよ、ありがとう」と礼を言った。 あっと言う間にレジが終わり、「じゃぁね」と荷詰め台に移動しながら長い長い連休をどう過ごそうか、頭の中でずっと考えていた。 「さて、やるか」 そら豆を洗い、アルミホイルの上に乗せてそのままトースターへ。後は、焼いている間に鰹の調理だ。そのまま食ポン酢などで食べても美味しいのだが、私がハマっているのは「塩タタキ」だ。 鰹のタタキを食べやすい大きさに切ったら、塩、ごま油、ネギ、擦り下ろし生姜とニンニクを入れて混ぜ和える。これで完成。 暖かくなってきたし、今日は久しぶりに焼酎の炭酸割りにするか。 買い置きしてあるペットボトルの炭酸水を出してきて焼酎の炭酸割りを作ると、鰹の塩タタキと共にローテーブルへと運ぶ。 チーン トースターが鳴り、そら豆も焼けたようだ。 服の袖を伸ばしてミトン代わりにし、アルミトレイごとローテーブルの鍋敷きの上に置いた。 「いただきます」 焼きたてのそら豆のサヤをパカッと開き、塩をまぶす。それから一つ取り出して、更に中の薄皮を剥く。ちょっと面倒だが、そうしてようやく口にできたそら豆はホクホクとして美味しい。塩気もいい感じ。そこに、焼酎。シュワッと喉を駆け抜ける炭酸が何とも爽やかだ。 次は初鰹に箸をつける。ネギとごま油の香りが食欲をそそる。引き締まった赤身は旨味が凝縮されていて味が濃い。サッパリした赤身にごま油が油分を補い、濃厚でねっとりした旨味になる。その濃厚な口を、炭酸がサッパリさせてくれて、またアテが欲しくなる。うん、美味い。 ―ピコン (……ん?) メッセージを知らせるスマホの音に、私は首を傾げた。食事中だったが、ロックを解除しメッセージを確認する。雄介くんからだ。 『お疲れ様です。 GW、最終日だけ休みが取れそうなのでお出かけしませんか?』 誰も見ていないのに、私は思わずニヤける口元を抑えた。嬉しい。すぐ返事をする。 『勿論いいよ』…そこまで打った所で、ふと思った。もしかしたら… 『勿論いいよ、もしかしたらその翌日も休みだったりする?』 主婦のパートさん達がGWに休みを取るのなら、必然的に雄介くんの休みもズレる筈だ。 『休みです』と返ってきたので、思い切って提案してみた。 『有給取るから、どっか泊まりで旅行に行こうか?』 すると電話がかかってきた。 箸を置き、画面をスワイプする。 「もしもし?」 「あ、お疲れ様です!あの、旅行って…」 「うん、雄介くんが良ければ」 電話してくるという事は、仕事は終わっている筈だ。私はプライベートのよび方で彼をよんだ。 「花見に行ってから、結局ご飯も行けなかっただろう?だからさ」 「有給、取れるんですか?」 寧ろ毎年余る。 ある程度は翌年に持ち越しできるが上限日数が決まっており、私の場合は休みたい用事などもないので常にキャリーオーバーし続けているのだ。いい加減消化してくれと上から言われるが、用事も無いのに休んでも暇を持て余すだけだったから使えずじまいでいた。 「忙しい時期じゃないし、大丈夫だよ」 「やった!じゃぁ行きたいです!」 興奮ぎみの雄介くんの声に、こちらも嬉しくなる。 「何処に行きたいとか、今突然言われても浮かばないだろうから、行きたい場所あったらラインして。僕もいくつか候補挙げてラインしとくよ」 「分かりました。突然電話してすみません」 「うんん、大丈夫。お疲れ様」 「お疲れ様です」 「お休み」 「お休みなさい」 通話を終え、ふぅ、と一息焼酎を口にする。 憂鬱な連休だと思っていたが、最終日に思わぬ楽しみができた。そんなに時間は無いけれど、一泊二日で行けそうな旅行地を調べてみよう。 私はいくらか明るい気持ちになり、食事を再開した。
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