第十七夜∶会席料理

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「あーお腹いっぱい!美味しかったぁ」 「本当、贅沢な食事だったね」 このまま布団にゴロン、とできたら良かったのだが、生憎まだ布団は敷かれていない。仲居さんが食事の片付けに部屋に入ると同時に、もうひと風呂浴びるとて二人して部屋を出た。 まだ食事をしている部屋もあるようで、仲居さんが忙しなく廊下を行き来し、部屋からは時折談笑する声が聞こえてくる。 「何か修学旅行思い出します」 「修学旅行かぁ…どこ行ったの?」 「えーっと、小学校は京都と奈良、中学校は東京、高校は北海道でした」 「えっ、修学旅行で北海道?…いいなぁ」 「貴文さんは?」 「んー?小学校は覚えてないけど、中学校は東京、高校は博多だったかな」 「博多も美味しいもの沢山あっていいじゃないですか」 「前過ぎて記憶に無いよ」 笑いながら言うと、「じゃぁ今度は博多行きましょう!」と雄介くんは目を輝かせた。 「その為に、お仕事頑張ります」 「うん」 楽しそうな彼を見て、私も自然と笑みが溢れた。 酒が入った状態で長湯は禁物、ということで入浴もそこそこに部屋に戻ってくると、部屋の真ん中に布団が2つ敷かれていた。 ふわり、とまるで羽が生えているかのように雄介くんは布団にダイブする。 「ちゃんと掛け布団かけないと、風邪引くよ?」 「今はあっついから大丈夫です」 「後でちゃんとかけなよ?」 「ふふ…貴文さんお母さんみたい」 「はいはい」 私は雄介くんの分も一緒にバスタオルをハンガーに掛けて照明を落とすと、掛け布団を捲り布団の中に入った。確かに掛け布団をすぐかけてしまうと身体が熱く、私は足元だけ布団をはね両手を頭の後ろで組んだ。 ようやく食事が終わったのか、風呂に行っているのか周りの部屋から声はしない。時折、カチャカチャと食器を片付ける音が聞こえるだけで後はとても静かだった。 「…旅行、誘ってくれてありがとうございました。楽しすぎてハメを外し過ぎないようにしなきゃーって思ったんですけど、無理でした」 雄介くんは笑いながらそう言うと、ゴロンと寝返りを打ち私の方を見た。 「貴文さんと知り合えて、友達になれて良かったです。ありがとうございます」 「こちらこそだよ。こんなオジサンに付き合ってくれてありがとう」 10以上歳が離れているのによくこちらのペースに合わせてくれているな、と実はずっと思っていた。 「付き合ってるんじゃなくて、僕が一緒に居たいからいるんです。そんな事言わないで下さい」 「あ、ああ…」 真顔で言われて、思わずドキリとしてしまった。 チラリと雄介くんを見ると、うつらうつらしている。 「ほら、布団かけるから横にずれて」 掛け布団の上に乗っかってしまっているので、身体の下から布団を引きずり出さなければならない。ゴロン、とコチラに転がったすきに布団を引きずり出し、自分の布団に戻るよう促したのだが。 「ここで寝ますー…」 「え!」 語尾に寝息が続く。2つの布団の間は人一人分くらいスペースが空いていて、雄介くんの身体は半分畳の上だ。これ以上寝返りをうったら畳に落ちてしまう。仕方なく私の布団を引っ張りできるだけくっつけると、私も布団をかけ早々に眠りについた。 ―翌朝 習慣というのは恐ろしいもので、アラームをかけなかったにも関わらずいつもの時間に目が覚めてしまった。目を開くと見慣れぬ天井が視界に入り、旅行に来ている事を思い出させる。そして横には、まだ気持ちよさそうに寝息をたてる雄介くんの顔。 (幸せそうだなぁ…) 楽しい夢でも見ているのだろうか、たまに口元を綻ばせる。朝風呂に行こうかと布団からそっと上半身を起こした時だった。 「ん…」 (しまった、起こしてしまったかな) 雄介くんがゆっくりと目が開く。 「おはよう」 「……おはようございま、す?!」 ガバっと上半身を起こし、自分が寝ていた場所を確認すると慌てて私に謝った。 「すみません!変な場所で寝ちゃってて」 「大丈夫だよ、それより起こしてしまってごめんね」 「いえ…朝風呂ですか」 「うん」 「一緒に行ってもいいですか?」 「勿論」 ようやく落ち着いたのか、雄介くんはいつもの表情に戻った。それから支度をして、朝風呂へと向かう。 「朝早いんですね」 「まぁね、いつもの習慣で」 まだ他の客は起きていないのだろう、シンと静まり返った廊下を歩き風呂に着くと案の定貸し切り状態だった。 「昨日もそうでしたけど、ラッキーですね」 「うん、ノンビリ入れそうだね」 昨日とは違った、朝の澄んだ空気を胸いっぱい吸い込めば、身体の中から浄化されたような気持ちになる。鳥のさえずりが耳に心地良い。昨日と同じように、思い切り手足を伸ばした。ぼんやりしていた頭が少しずつ冴えていく。 「気持ちいいですね~」 「うん、朝から風呂に入れるなんて最高だよ」 ゆっくり身体を温め頭もスッキリした所で、のぼせる前に上がる。朝食まで部屋でのんびり過ごしていると、周りが俄に賑やかになってきた。他の客が起き出し、朝食の支度も始まったようだ。 「失礼致します。おはようございます。朝食の支度をさせていただきます」 「お願いします」 昨日の仲居さんが再び大きなお盆を持って部屋に入ってきた。布団の位置をずらずとテーブルの位置を戻し、食事の支度を始める。昨日もそうだったが、テキパキしていて見ていて気持ちが良かった。 セッティングが終わって私達が座椅子に座ると、お櫃からご飯をよそってくれた。 「ありがとうございます」 「昨日はよくお休みになられましたか」 「はい、おかげさまで」 「良かったです。ご飯、お代わりされる際はこちらのお櫃からよそって下さいね。それでは、ごゆっくりどうぞ」 ニコリと笑い、仲居さんは部屋を後にした。 昨日に引き続き、地物をふんだんに使った豪華な朝食だ。 「「いただきます」」 手作り豆腐を使った湯豆腐に、鮎の塩焼き、焼海苔に地元野菜を使ったサラダ、煮物、味噌汁、豆ご飯、香物…ご飯お代わり待ったなしのメニューに、朝から箸が進む。最近食べ過ぎに注意していたが、今日くらいは構わないだろう。 「ん!」 「どうしたの?」 私が味噌汁を飲んでいると、ご飯を口にした雄介くんが驚いたように声を上げた。 「僕、実は豆ご飯ってあんまりだったんですけど、これ凄く美味しい!」 「どれどれ」 私は元々好きだったが、口にしてみて驚いた。 「んー!これは美味い!」 米、水、豆、そして炊飯の仕方。いい素材とプロの技で、ただの豆ご飯がご馳走レベルにまでなっていた。ゆっくり味わいたいのに、箸が止まらない。茶碗はあっという間に空になった。 「お代わりよそいますよ」 「ありがとう」 雄介くんにお代わりをよそってもらい、彼も自分の茶碗にお代わりをよそってお櫃はちょうど空になった。 野菜はシャキシャキ新鮮で、手作りだという豆腐も味が濃く絶品。鮎は言わずもがな。煮物と味噌汁もいい塩梅で総じて大満足の朝食だった。 「「ごちそうさまでした」」 「美味しかったぁ」 「お腹いっぱいだね」 ふう、と一息ついた所で仲居さんの声がした。 「失礼致します。食後の珈琲をお持ちしました」 雄介くんと私は顔を見合わせた。 まさに至れり尽くせりとはこの事だ。 仲居さんは手早く空いた食器を下げると、珈琲を出してくれた。 「久しぶりに来たけど…いいもんだね」 「ほんとに。のんびりお風呂入って美味しいもの食べて…帰りたくなくなっちゃいますね」 「ははは。でも、普段の生活があるからこういう旅行を特別に感じられるんだよなぁ」 「それもそうですね」 雄介くんはそう言って、いたずらっぽく笑い珈琲を口にする。この珈琲も、インスタントなどでは出せない芳醇な香りがして美味しかった。最後の最後まで完璧なおもてなしの宿だ。 「また旅行行きたいですね」 「気が早いなぁ…でも、うん、そうだね。予定が合えば」 いつになるか分からなかったが、鬼に笑われない内にまた二人で何処か行きたいなと思った。 暫く宿でのんびり過ごし、チェックアウトをした私達は送迎の車で駅へと送ってもらった。 「あ!お土産買ってもいいですか?」 「勿論、構わないよ」 駅に着くなり雄介くんがそう言うので、近くの土産物屋に入りあれこれ物色した。私も有給をもらった身だ。職場に何か買っていくかとあれこれ見てまわった。 (ある程度数があって、皆が食べられそうで、日持ちする…) 「「あ」」 気付くと、同じ物を手に取っているではないか。 「雄介くんもお煎餅?」 「はい!数が多くて皆が食べられそうなやつって思って」 「うん、僕も同じ事考えてた」 思わず笑ってしまった。 会計を済ませると、列車の時間までまだ少しだけ時間があったので近くをフラフラし、帰りの列車で食べられそうな物を購入すると再び駅へ向かった。
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