第十八夜∶鯵のなめろうと焼き枝豆

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第十八夜∶鯵のなめろうと焼き枝豆

(もう1ヶ月経つのか…) 旅行から1ヶ月、そして1年の半分まで来てしまった。365日あることに変わりは無いのに、年々時の流れの体感スピードが増していく。 まだ梅雨入り宣言はされていないが、ここ最近何となくどんよりした天気が続いており、久しく青空を拝んでいない。心なしかバイオリズムも低下気味だ。低空飛行している私はどうしたら上昇気流に乗れるか―…答えは明確。美味しいものを食べるに限る。 今日は少しだけ残業し、スーパーへもいつもより遅い時間に到着した。少し時間が遅れるだけで客が一気に増える夕方の時間帯。私はカゴを持つと足早に店内へ入っていった。 (お、枝豆…!) もうそんな季節か。夏野菜のイメージだったが、こんな早い時期から出ているのだと初めて知った。自炊を始めスーパーに通いだしてから、このような発見がいくつもあった。新鮮で、実に楽しい。 (しかし出始めだからか…ちょっと高いな) 値引きにすらなっていないそれを買うことに躊躇ったが、初物だ。それに、好物だった。散々悩んだが、とりあえず保留。まずはメインを確保しよう。 そのまま鮮魚コーナーへと移動する。 既に値引きシールが貼られた刺し身のパックがちらほらあり、目ぼしい物は無いかと物色する。 (鯵…!) 細かく細切りにされた鯵が目に入り、思わず手に取った。鯵は出ている日と出ていない日があり、それの値引き品となるとかなり希少価値が高い。メインは鯵に決定だ。 (しかし細切りか…) 少しボリュームに欠ける。 どうしようかとパックを眺めていると、ツマと一緒に入っていた大葉に気が付いた。いつだったか、居酒屋で鯵と大葉の和え物を食べた気がする…しかし料理名が出てこない。まぁスマホで検索すれば、何かは出てくるだろう。私は鯵が安く買えたので野菜コーナーに引き返し枝豆をカゴに入れた。 「こんばんは」 「あ、こんばんは!」 今日、雄介くんはレジに居た。 旅行以来、一緒にご飯や出掛けたりは無かったが、スーパーに来れば大体の確率で会うことができる。彼と仲良くなってからは、土日もどちらか行く事が増えていた。 「今夜は鯵に枝豆ですか~!どちらも旬のものですね」 「うん、食べるのが楽しみだよ」 「お疲れ様です」 「お疲れ様」 別に特に話し込む訳でも無く、少し会話して帰る。これは会った当初から変わらなかった。今日も変わらずそこに居てくれる、安心感のようなものがある。 私はすぐ荷詰め台に移動して買ったものをしまうと、スーパーを後にした。 「さて、やるか」 『鯵 大葉 和え物』で調べたら『なめろう』という料理が出てきた。ビジュアルも、以前居酒屋で食べたものにそっくりだ。私があの時食べたのは、どうやら『なめろう』という料理だったらしい。 作り方も至極簡単で、大葉、ネギ、ニンニク、生姜、味噌、そして鯵をまな板の上で包丁を使って叩き混ぜる、というシンプルなものだった。 手を切らないようにだけ注意して、粘りが出るまで叩いたら完成だ。 焼き枝豆も簡単で、フライパンで蒸し焼きし、最後に強火で皮に焦げ目が付くまで焼いて塩を振る。茹でるより旨味の流出を抑えられるため、味が濃く美味しくなるのだ。 完成した2品を手早く皿に盛り、焼酎の炭酸割を準備する。 「いただきます」 先ずは焼酎を一口。シュワッと炭酸が心地良い。 初めて作った、鯵のなめろう。ネチっとしたそれを箸でつまみ、一口。 「うまぁ」 思わず口に出た。 ネギ、大葉、ニンニク、生姜、風味の強い薬味のオールスターが入っているが、全く喧嘩していない。味噌に調和され、互いに協力しあって鯵の旨味を何倍にも引き立てている。これは酒が進む。 口内に風味が残る内に、焼酎。何とも爽やかだ。 さっぱりした口に、今度は枝豆。 うん、間違いない美味しさ。蒸し焼きによって凝縮された旨味に皮の香ばしさがプラスされ、手が止まらない。焼酎、枝豆、焼酎、枝豆…一気に三分の一程食べてしまった。 いつも一人きりの晩酌はそんなに長くない。 かかっても30分だろうか。のんびり食べていても大した時間はかからない。作って食べて片付けて…全部で1時間くらいだ。 今日も食事を終えて片付けまで済ませると、作り始めてから約1時間程経っていた。 ―ピコン (ん?こんな時間にライン?) 開くと、雄介くんからだ。 『お疲れ様です! 鯵、美味しかったですか?枝豆、見たら食べたくなって僕も買いました。あとは、今日はトマトと卵の炒めものを作りました』 写真付きで送られて来た。 枝豆はどうやら茹でたようだ。トマトと卵の炒めものは中華料理屋とかで見るあれかな?写真の端に、缶らしきものがチラリと見える。タイミングこそズレたものの、彼も晩酌するようで画面を見て思わず微笑んだ。 『お疲れ様。 今年初の枝豆、美味しかったよ。トマトと卵の炒めもの、美味しそうだね。ゆっくり楽しんで』 メッセージ、送信。 するとすぐ、『お疲れ様です』『ありがとうございます』とメッセージの付いたスタンプがポンポンと2つ送られて来た。 ふと、 一人で居るのに、一人ではない感覚が湧き起こり不思議な気持ちになる。それはとても温かく、心地が良い。 数少ないスタンプから(寧ろスタンプなど使うのは初めてじゃないだろうか)『お休み』のメッセージを選び送信した。 今まで事務的な連絡にだけ使っていたラインだったが、初めて連絡以外に使った気がする。長く続けなければいけない内容は面倒臭いが、これくらいのライトな内容なら、案外悪くない。 『お休みなさい』と送られてきたスタンプに「お休み」と呟くと私は目を閉じた。
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