262人が本棚に入れています
本棚に追加
/99ページ
第十九夜∶アジフライ
(やれやれ…)
今日も、雨。
ついでに言っておくと明日の予報も雨だ。自宅から会社まで電車通勤の私はこの時期が憂鬱でしょうがない。何故かって?理由は凄く単純で、雨に濡れるからだ。勿論傘をさしてはいるが、ズボンの裾はどうしたって濡れるし、下手したら靴下だって濡れる。
今日靴下は大丈夫だが、裾が少し濡れている。このまま直ぐに帰りたい気持ちもあったが、どうしても食べたいものがある。
時々、無性に食べたくなるもの。
アジフライだ。
流石に平日(平日でなくとも)揚げ物をする気にはなれないので、勿論スーパーの惣菜に頼る他ないけれど。
私はスーパーに到着してカゴを持つなり、いつもと反対側から回り惣菜コーナーへ向かった。
(あった)
マスクの下で思わずニンマリとした。
値引きにはなっていないが、今日はどうしても食べたいのだから仕方ない。迷わずカゴに入れると、いつもと逆回りして野菜コーナーを目指す。メインのアテはアジフライだから、肉と魚はスルーした。
(フライだからキャベツとか欲しいな…)
野菜コーナーにある見切り棚。
キャベツは無さそうだ。その代わり目に入ったのは、二分の一カットされた大根と大葉。
(アジフライ…ソースやタルタルもいいけど、たまには大根おろしでさっぱりいただくか)
野菜も摂れるしね。
という事で大根と大葉をカゴに入れた時だった。
「永井さんこんばんは!」
「あ。加藤くんこんばんは」
「今日は惣菜ですか?珍しいですね」
いつの間にか雄介くんが隣にひょっこり現れて、カゴの中を覗き込んでいた。
「うん、アジフライ。たまにすごーく食べたくなるんだよね」
「アジフライかぁ…久しく食べてないな…。揚げ物だと、トンカツとか唐揚げ買っちゃいますね」
「結構ガッツリいくんだね」
「たまにしか食べないからですよ」
「成る程ね!今日は遅番?」
「いや、今日は早番なんでもう少ししたら上がりです」
「そっか。お疲れ様」
「ありがとうございます。永井さんもお疲れ様です」
挨拶を交わし、私はレジへと向かった。
「さて、やるか」
と、言ってもメインは9割出来ているので、残りの1割の調理に取り掛かる。大根おろしを擦り下ろし、軽く水気を絞る。大葉は食べやすくするため細かく刻んで大根おろしに混ぜ込む。
チーン
大根を擦り下ろす前にトースターに入れておいたアジフライが温まったようだ。皿に取り出し、先程の大葉入り大根おろしをのせて、ぽん酢をかけたら完成だ。
フライなので、久しぶりにビール。冷蔵庫から取り出し、アジフライと共にテーブルに運ぶ。
「いただきます」
先ずはビールを一口飲み、ウォーミングアップ。
そしてお待ちかねのアジフライ。
ザクッ
揚げたて程ではないが、トースターで温めたため衣のサクサク感が多少復活している。身はしっかり肉厚で、噛めばじゅわりと鯵の脂が口内に流れ出す。その熱々の旨味脂をひんやりした大根おろしが中和してくれ、そこに大葉とポン酢が爽やかさを添える。見事なコンビネーションだ。空かさずビールを流し込む。
「うまぁ」
たまに食べる揚げ物の威力よ、恐るべし。
ちょっと奮発して3枚買ってしまったが、この食べ方ならペロリといけてしまうだろう。ソースやタルタルも美味しいが、2枚が限界だ。
再びアジフライを口にしながら窓の外にチラリと目をやる。
(アジフライみたいに天気もカラッと晴れてくれないかな…)
―ピコン
そんなしょうもない事を考えていた時、スマホが鳴った。
最近たまに、食中か食後のタイミングでくるライン。誰かはもう分かっている。食事中だったが、私はスマホを手に取った。
『お疲れ様です。
アジフライ、どうでしたか?うちのアジフライ、鮮魚コーナーの生アジから作ってる自慢の一品なんです!』
ラインは雄介くんからだ。
アジフライの内部事情に、そうだったのかと頷いた。そう言われると、余計に美味しい気がしてくるから不思議だ。文面は更に続く。
『僕もアジフライ買おうと思ったら売り切れてたので(笑)今日は茄子とピーマンと豚肉の味噌炒めです!』
最後には作った炒め物の写真が貼り付けられていた。充分美味そうじゃないか。
『お疲れ様。
今からご飯かな?僕も今晩酌中だよ。アジフライ、美味いね。買えなかったのは残念だったね。でも炒め物もとても美味しそう』
送信。
たまに送られてくるラインもこんな感じで、大して中身は無いし長くも続かない。しかし、これくらいが丁度良かった。
―ピコン
『ありがとうございます!今日もお疲れ様です』
そんなメッセージと共に、レモンサワーの缶の写真と『お疲れ様でした』のスタンプがポンポンと送られてきた。
(乾杯のつもりかな…?)
よく分からなかったが、何となく自分も飲んでいたビール缶の写真と『お疲れ様』のメッセージスタンプを送信した。
(リモート飲みじゃないけど…)
少しだけ、一緒に飲んでる気分になるな。
なんて事を考え思わず笑ってしまった。酒も手伝って楽しい気分になる。私は再び食事を再開した。
相変わらず雨は降り続いていたが、雄介くんからのラインで少しだけ気分が晴れた気がした。
最初のコメントを投稿しよう!