第十九夜∶アジフライ

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第十九夜∶アジフライ

(やれやれ…) 今日も、雨。 ついでに言っておくと明日の予報も雨だ。自宅から会社まで電車通勤の私はこの時期が憂鬱でしょうがない。何故かって?理由は凄く単純で、雨に濡れるからだ。勿論傘をさしてはいるが、ズボンの裾はどうしたって濡れるし、下手したら靴下だって濡れる。 今日靴下は大丈夫だが、裾が少し濡れている。このまま直ぐに帰りたい気持ちもあったが、どうしても食べたいものがある。 時々、無性に食べたくなるもの。 アジフライだ。 流石に平日(平日でなくとも)揚げ物をする気にはなれないので、勿論スーパーの惣菜に頼る他ないけれど。 私はスーパーに到着してカゴを持つなり、いつもと反対側から回り惣菜コーナーへ向かった。 (あった) マスクの下で思わずニンマリとした。 値引きにはなっていないが、今日はどうしても食べたいのだから仕方ない。迷わずカゴに入れると、いつもと逆回りして野菜コーナーを目指す。メインのアテはアジフライだから、肉と魚はスルーした。 (フライだからキャベツとか欲しいな…) 野菜コーナーにある見切り棚。 キャベツは無さそうだ。その代わり目に入ったのは、二分の一カットされた大根と大葉。 (アジフライ…ソースやタルタルもいいけど、たまには大根おろしでさっぱりいただくか) 野菜も摂れるしね。 という事で大根と大葉をカゴに入れた時だった。 「永井さんこんばんは!」 「あ。加藤くんこんばんは」 「今日は惣菜ですか?珍しいですね」 いつの間にか雄介くんが隣にひょっこり現れて、カゴの中を覗き込んでいた。 「うん、アジフライ。たまにすごーく食べたくなるんだよね」 「アジフライかぁ…久しく食べてないな…。揚げ物だと、トンカツとか唐揚げ買っちゃいますね」 「結構ガッツリいくんだね」 「たまにしか食べないからですよ」 「成る程ね!今日は遅番?」 「いや、今日は早番なんでもう少ししたら上がりです」 「そっか。お疲れ様」 「ありがとうございます。永井さんもお疲れ様です」 挨拶を交わし、私はレジへと向かった。 「さて、やるか」 と、言ってもメインは9割出来ているので、残りの1割の調理に取り掛かる。大根おろしを擦り下ろし、軽く水気を絞る。大葉は食べやすくするため細かく刻んで大根おろしに混ぜ込む。 チーン 大根を擦り下ろす前にトースターに入れておいたアジフライが温まったようだ。皿に取り出し、先程の大葉入り大根おろしをのせて、ぽん酢をかけたら完成だ。 フライなので、久しぶりにビール。冷蔵庫から取り出し、アジフライと共にテーブルに運ぶ。 「いただきます」 先ずはビールを一口飲み、ウォーミングアップ。 そしてお待ちかねのアジフライ。 ザクッ 揚げたて程ではないが、トースターで温めたため衣のサクサク感が多少復活している。身はしっかり肉厚で、噛めばじゅわりと鯵の脂が口内に流れ出す。その熱々の旨味脂をひんやりした大根おろしが中和してくれ、そこに大葉とポン酢が爽やかさを添える。見事なコンビネーションだ。空かさずビールを流し込む。 「うまぁ」 たまに食べる揚げ物の威力よ、恐るべし。 ちょっと奮発して3枚買ってしまったが、この食べ方ならペロリといけてしまうだろう。ソースやタルタルも美味しいが、2枚が限界だ。 再びアジフライを口にしながら窓の外にチラリと目をやる。 (アジフライみたいに天気もカラッと晴れてくれないかな…) ―ピコン そんなしょうもない事を考えていた時、スマホが鳴った。 最近たまに、食中か食後のタイミングでくるライン。誰かはもう分かっている。食事中だったが、私はスマホを手に取った。 『お疲れ様です。 アジフライ、どうでしたか?うちのアジフライ、鮮魚コーナーの生アジから作ってる自慢の一品なんです!』 ラインは雄介くんからだ。 アジフライの内部事情に、そうだったのかと頷いた。そう言われると、余計に美味しい気がしてくるから不思議だ。文面は更に続く。 『僕もアジフライ買おうと思ったら売り切れてたので(笑)今日は茄子とピーマンと豚肉の味噌炒めです!』 最後には作った炒め物の写真が貼り付けられていた。充分美味そうじゃないか。 『お疲れ様。 今からご飯かな?僕も今晩酌中だよ。アジフライ、美味いね。買えなかったのは残念だったね。でも炒め物もとても美味しそう』 送信。 たまに送られてくるラインもこんな感じで、大して中身は無いし長くも続かない。しかし、これくらいが丁度良かった。 ―ピコン 『ありがとうございます!今日もお疲れ様です』 そんなメッセージと共に、レモンサワーの缶の写真と『お疲れ様でした』のスタンプがポンポンと送られてきた。 (乾杯のつもりかな…?) よく分からなかったが、何となく自分も飲んでいたビール缶の写真と『お疲れ様』のメッセージスタンプを送信した。 (リモート飲みじゃないけど…) 少しだけ、一緒に飲んでる気分になるな。 なんて事を考え思わず笑ってしまった。酒も手伝って楽しい気分になる。私は再び食事を再開した。 相変わらず雨は降り続いていたが、雄介くんからのラインで少しだけ気分が晴れた気がした。
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