休肝日∶旅行の思い出

1/1

262人が本棚に入れています
本棚に追加
/99ページ

休肝日∶旅行の思い出

(んふふ…楽しかったなぁ) 職場にお土産を出した時の反応は最悪だったけれど、旅行は最高に楽しかった。僕は休憩時間にこっそり撮った旅行の写真を見ながらマスクの下でニヤついた。 朝、貴文さんより早く待ち合わせの駅に行くんだと意気込んで早めに家を出るつもりだったけれど、楽しみすぎて早く目が覚めてしまい余裕で支度して家を出た。 落ち合ってから駅弁を買って特急列車に乗り込む。言い忘れていたけど、貴文さんはあまり気にしていないと言いつつ服のセンスが良かった。 あんまり買わないけど、●CEANSとかの雑誌の表紙とかに出てきそうな雰囲気だ。 (オシャレだけど、中身は案外渋いんだよな…) 2つ並んだ弁当の写真を見ながらクスリと笑う。 オシャレなデリが詰まったお弁当とかサンドイッチとかじゃなくて、貴文さんが選んだのは幕の内弁当。気取ってる感じが無くて、何だかホッとする。僕が選んだのは鶏そぼろ丼弁当。 貴文さんに貰った玉子焼きも僕の鶏そぼろ丼弁当も、ずば抜けて美味しい訳じゃなかったけれど、道中の車内で食べる駅弁というだけで特別感があった。 (川が綺麗だったな…) 車内から撮った渓流の写真。ズームにし過ぎて少し画像が粗く感じたが、それでも充分な美しさだった。 (ふふ…隠し撮り) 駅に着いてから、少しだけ温泉街を散々した。 色々なお店に目移りしていたら、貴文さんがいきなりピタリと止まったんだ。見たら、酒屋だった。僕も見たかったし、遠慮をしていたら嫌だなと思って思わず貴文さんの手を引いた。少しびっくりしていたみたいだったけれど、嫌では無かったようだ。 真剣にお酒を物色する貴文さんを、少し離れた場所からパチリ。こんな真剣な顔、滅多に見られない。 (この宿が本当に良かった…!) 次に出てきたのは宿屋の入口写真だ。宿に入っていく貴文さんの後ろ姿が写り込んでいる。 (旅館の人も、お風呂も、お料理もぜーんぶ良かった) お風呂の写真は流石に無いが、宿の中や部屋の写真などは撮っていた。貴文さんの写真も、コッソリ。風呂上がりの浴衣姿は大人の色気が三割、いや、五割くらい増していて湯あたりでのぼせるのではなく、色気でのぼせそうだった。浴衣の中に潜む程よく鍛えられた肉体も格好よくて、本当に理想の男性(ひと)だ。こういう大人の男性(ひと)になれたらな、とつくづく思う。 口説いてるかって聞かれた時、ドキリとした。 …一瞬、貴文さんに対する気持ちがただの憧れなのか、それともそういう気持ちなのか分からなくなって、思わずムキになってしまった。今もそれは分からない。 (ご飯もどれも本当に美味しかったな…) 夕飯の写真は、さほど枚数は無かった。恐らく後半は酔っていて殆ど写真を撮れなかったからだろう。ヤマメの塩焼きまでしか写真が無かった。 (このあと鮎の天ぷらと、ご飯と、味噌汁とデザートだったかな?それからお風呂入ってとんでもない場所で寝ちゃったんだよな) 思い出して僕は人知れず顔を赤くした。 目が覚めたら思ったより近くに貴文さんが居て驚いた。布団も隙間が無くなっている。変な場所で寝てしまった僕が寝返りをうって、全身が布団から畳の上に落ちてしまわないように配慮してくれたようだ。 (酔って迷惑かけちゃったな…) 反省。 夕飯の写真の次に、朝食の写真が出てきた。 朝風呂からの、朝食。1枚しか無かったがこの写真に写る豆ご飯が絶品だった。苦手な僕でも美味しと思ったぐらいだから、好きな人はきっとたまらないだろう。 (貴文さんめちゃくちゃ食べてたし) 思い出して、思わず口元が緩んだ。 それから最後にとびきり美味しい珈琲をいただいて、お部屋でのんびりしてからチェックアウトした。それから駅に戻って、お土産買って帰りに食べる軽食買って…。次の写真は、肉まんと五平餅が写っている。 楽しい時間は、本当に過ぎるのが早くて。 無理な観光はせず、本当にのんびり過ごしたから身体は楽だったし、かなりリフレッシュできた。 のんびり…のんびりした筈なんだけど、時間がとても早く過ぎていった気がした。 (これ食べてから、貴文さん寝ちゃったんだよな…) 思いの外寝顔が幼く可愛く思えて、こっそり写真を撮ってしまおうかと思ったけれど、最後の最後で良心が働いた。そして、最後の1枚。そこには、小さな貴文さんの後ろ姿が写っている。 駅でお別れした後、お互い家に向かって歩き出した。でも、どうしてももう一度だけ姿が見たくなってしまい振り返ったのだ。次第に小さくなっていく背中を見ていたら急に寂しくなってしまい、思わずスマホのカメラを向けていた。 (何度も消そうと思ったんだけどな…) その写真を見る度、楽しい旅が終わる寂しさを思い出してしまう。しかし、何故か消せないでいた。その寂しささえ、心に残しておきたかったのかもしれない。 プルルル、プルルル… 内線の音で、ハッと現実に引き戻される。 「休憩中すみません、加藤さんレジヘルプお願いします!」 「行きまーす!」 受話器を置きスマホを仕舞うと僕は事務所を後にした。
/99ページ

最初のコメントを投稿しよう!

262人が本棚に入れています
本棚に追加