第二十夜∶焼きとうもろこしと豚キムチ

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第二十夜∶焼きとうもろこしと豚キムチ

―暑い。 梅雨が明けてから一気に暑くなった。 雨の日が減った分濡れる憂鬱さは無くなったが、今度は暑さに身体がやられそうになる。少し経てばこの暑さに身体が順応してくるのだが、それまでが正念場だ。 まだ昼の暑さが残る夕方。スーパーに入った途端、全身がひんやりした空気に包まれた。 (涼しい…!) 出たくない。 そんな事を思いながらカゴを持ち店内奥へ足を踏み入れる。先ずは野菜コーナーだ。 「あっ」 トウモロコシ! 見付けて思わず小さく声を上げてしまった。夏の到来を感じさせる野菜だ。昨日もスーパーに来ていたが、今日初めてお目にかかった。出始めなのでやはり高めではある。 (うーん…メインのアテを節約する分こちらで奮発するか…) とりあえず一旦保留し、鮮魚コーナーへ向かう。値引きはされていたものの、魚は元々の単価が高いため安価に済ませたい時は肉に頼りがちになる。 一度見てしまったからか、肉でコストを押さえてでもトウモロコシを食べたい気持ちがムクムクと湧き上がってきた。そのまま精肉コーナーに足を進める。 (よし、今日はメインを肉にしてトウモロコシも買っていこう) 見ると、20%オフになっている豚の切り落とし肉と鶏モモ肉を発見した。 (冷蔵庫には食べかけのキムチがあったはず…豚キムチに決まり!) 我ながら、スタミナが付きそうなナイス献立。 値引きされた豚肉のパックをカゴに入れ、再び野菜コーナーへ向かいトウモロコシを無事ゲットした。 「こんばんは」 「こんばんは」 安定の、雄介くんのレジ。 カゴの中を見るなり、彼は大きく目を見開いた。 「あっ、トウモロコシ!」 「雄介くんも好き?」 「はい!特に焼きとうもろこしが大好きです!」 「焼きとうもろこしか…いいね」 普通にレンジでチンして塩を振って食べようと思っていたが、そのアイデア、いただき。酒のアテにもピッタリじゃないか。 2つしか商品が無かったので、レジはすぐ終わる。後に客が待っていたので「お疲れ様」と言って私は商品をエコバッグに入れるとスーパーを後にした。 「さて、やるか」 風呂上がりの一杯が一層美味し季節になってきた。しかし飲んでしまうとやる気スイッチがオフになってしまうので、グッとこらえてキッチンに立つ。 トウモロコシは皮付きのまま洗ってからラップで巻き、レンジでチン。レンジをかけている間に、豚キムチを作ってしまおう。冷蔵庫からキムチと先程買った豚肉を取り出す。 (あればネギ入れると美味いんだけどなぁ…) そんな事を考えながらフライパンにごま油を入れ、ニンニクと生姜のチューブを絞り出し弱火で炒める。次にキムチを入れて中火で炒め、最後に豚肉を入れて火が入ったら完成だ。調味料はキムチだけで充分。前に醤油だか味噌だか入れたら味が濃くなりすぎてしまった。(それはそれで酒が進むけれど) ピピッピピッ 豚キムチが出来たタイミングでトウモロコシのレンチンが終わった。豚キムチが冷めないようにフライパンに乗せたまま、火傷に気を付けてレンジからトウモロコシを取り出す。 「あっつ」 いつもはここで終わりだが、今日は焼きとうもろこし。熱々のトウモロコシの皮を恐る恐る剥き、アルミホイルを敷いたトースターのアルミトレイの上に乗せる。 (ここに醤油をたらして…) 後はトースターにお任せだ。 ツマミを捻ると、私は焼けるまで先に豚キムチで一杯やることにした。フライパンに乗せたままの熱々の豚キムチを皿に盛る。今日はビールにしよう。フライパンを片付けると冷蔵庫からビールを取り出し、豚キムチと共にローテーブルに運ぶ。 「いただきます」 お待ちかねのビールを口にする。 「あーっ、美味しい…」 我慢した後の一口目は格別だ。 そして豚キムチを口に運ぶ。ニンニクと生姜の効いたキムチの香りは湯気がもう美味い。シャキッとした白菜のキムチは発酵された旨味の塊で、少しの酸味がまた食欲を掻き立てる。キムチだけで豚肉も充分に味がついており、ニンニクと生姜が刺激をプラスする。ビールが止まらない。 暫く豚キムチで飲んでいると、醤油の焦げるいい香りがしてきた。 (この香りだけで飲めそうだ…) チーン 丁度できたようだ。 ヨッコイショ、と立ち上がりキッチンにある布巾を使いトースターからトウモロコシを取り出す。 「おお…!」 思わず声が出た。 黄色く鮮やかだった実が醤油で茶色っぽく染まり、所々黒く焦げてジュウジュウと音を立てている。急いでローテーブルへと運び、一口がぶり。 「んー!美味い!」 プシュっと飛び出す甘い果汁に醤油の塩気、少し焦げた香ばしさが加わり口の中が幸せで満たされる。ビールとの相性も抜群だ。 (加藤くんに感謝しなきゃだな…) そうだ、たまにはこちらからラインしてみるか。 そう思い付き、私はスマホを取り出した。 まだ囓っていない部分の焼きとうもろこしの写真を撮り、ラインを開く。 『お疲れ様。 焼きとうもろこし、とても美味しいね!雄介くんは今日は何を食べるのかな?』 メッセージを送信し、続けて先程撮った写真を貼り付ける。 (これでよし) 何だか少し、楽しい気分になった。 雄介くんもこんな感じで自分にラインしてくれているのだろうか。 ―ピコン 思いがけず、早く返事が来た。 『お疲れ様です! トウモロコシめちゃくちゃ美味しそ~(⁠≧⁠▽⁠≦⁠) 僕も明日絶対作ります!!僕は今日焼き鳥と枝豆です!』 メッセージの後に、写真が貼り付けられている。 焼き鳥に枝豆か、いいね。 思わずニヤリ。 『ゆっくり楽しんでね』 そうメッセージを送信し、いつだったかのラインみたいに、「乾杯」のつもりでビール缶の写真を撮り貼り付ける。 ―ピコン 程なくして、雄介くんからもビール缶の写真と『ありがとうございます』のメッセージが入ったスタンプが送られてきた。 一区切りついたので、再び食事に集中。 (今、雄介くんも食べてるんだな…) 場所は違えど、同じタイミングで食事を摂っている。そう思うと、心なしか料理も先程より美味しく感じた。
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