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―ガチャ
「お邪魔します」
部屋に入りキッチンに荷物を置くと、雄介くんは手洗いをしながら言った。
「貴文さん、気にせずにシャワー行ってもらって大丈夫ですよ。出てくるまで、出来る所まで作業させてもらってもいいですか?」
「勿論。と言うか、教えて欲しいって言った手前作業を任せてしまって申し訳ない…」
「とんでもない!僕が好きでやってるんですから」
家に来たのは一度きりなのに、私が帰宅してすぐシャワーをする習慣を覚えていた事に驚いた。そしてこの気遣いだ。こちらが言い辛いであろう事を、あえて先回りして言ってくれたお陰で気持ちが楽だった。
「…うん、ありがとう。じゃぁ、遠慮なくシャワーさせてもらうね。あ、良かったら雄介くんもシャワーする?」
「えっ?!」
彼はよほど驚いたようで手にしたキャベツを落としそうになり、思わず私は苦笑いする。
「大丈夫?……いや、作って食べて飲んで、帰ってからシャワーするの面倒じゃない?だからさ。服なら僕の貸してあげるし。インナーは確か新品があった筈だし」
「確かに面倒ですけど…そこまでお世話になる訳には…」
「勿論無理にとは言わないけど、気なら使わなくていいからね。じゃぁ、僕が出るまでに考えといて」
「分かりました」
そう言って、私はシャワーへ向かった。
私自身、帰ったらすぐさっぱりしたいし、食べたらゆっくりしたい人間なので、雄介くんももしかしたらと思ったのだ。突然の思い付きに付き合ってくれているし、シャワーや服を貸すくらい友人だから何て事はない。無理強いはしないが、素直に甘える所は甘えてくれればいいのにと思った。
「お先に。シャワーありがとう」
「あ、いえ…」
シャワーを終えて出てくると、キャベツのみじん切りが終わった所だった。ボウルの中を覗き込んで私は驚きの声を上げた。
「凄い!プロみたいなみじん切りじゃない」
「褒めすぎですよ」
笑いながら雄介くんはそう言ったが、所々大きめな物はあるものの、私から見たらかなり細かいみじん切りで機械でも使ったのかと思う程だった。
「あ、シャワーどうする?」
「お借りしても良いですか…?」
「勿論!ちょっと待っててね」
そう言うと、私はすぐ着替えを用意した。
「ちょっと大きめかも知れないけど、ごめんね。あと、この袋は脱いだ服入れるのに使って」
「すみません、ありがとうございます」
「えーっと、何やっといたらいいかな?」
雄介くんがキャベツを頑張ってくれた分、私も頑張らなくては。
「じゃぁ、ニラのみじん切りとネギのみじん切りお願いします。もし両方終わったら、豚ミンチと一緒にキャベツの入ったボウルに入れて、擦り下ろしニンニクと生姜を大体でいいので入れて混ぜてて貰ってもいいですか?」
「了解!ゆっくり行っておいで」
「ありがとうございます」
ニコリと笑うと、彼は風呂場に入っていった。
「さて」
私は腕まくりをし、まな板の上のニラとネギに向き合う。雄介くん程ではないが、ニラとネギのみじん切りくらいなら何とかなるだろう。私は包丁を持ち、トントンと動かし始めた。
「…ふぅ」
結構疲れるな。
なるべく細かく切ろうとすると、それなりに集中力がいる。いつの間にか力が入っていたのか、手も攣りそうだ。一旦包丁から手を離し、手首を軽く動かした。
(後少し…)
雄介くんが出てくるまでに何とか終わらせたい。私は再び包丁を握ると、みじん切りに取り掛かった。
「シャワー、ありがとうございました」
「はーい」
みじん切りを終え、ボウルにひき肉とネギとニラ、ニンニクと生姜を入れた所で雄介くんがシャワーから出てきた。
「ドライヤー使う?」
「いや、いつも自然乾燥なんで大丈夫です」
「了解。餃子、言われた所までできたよ」
「ありがとうございます。わ!貴文さんこそプロみたいなみじん切りじゃないですか!」
「いやいや…」
キャベツと違い元々が細いから幾分かやりやすかっただけだ。首にタオルをかけた雄介くんが隣に来てボウルを覗き込む。
(あ…)
近付くと、自分と同じ香りがした。
同じシャンプーと石鹸を使ったのだから当たり前なのだが、それが妙に嬉しかった。
「…貴文さん?」
「あ、ごめんごめん。次は…混ぜるんだっけ?」
ぼぉっと雄介くんの横顔を見ていたら、彼が不思議そうにこちらを向いたのでドキリとした。慌てて誤魔化す。
「えっと、混ぜる前に下味をつけます。料理酒と、塩と、ごま油」
そう言いながら、雄介くんは目分量でどんどん調味料を入れていく。全てを入れると、力いっぱい捏ね出した。
「結構しっかり捏ねるんだね」
「はい、粘り気が出るまで捏ねた方が肉々しくて美味しいんですよ」
「成る程」
好きこそものの上手なれ。
元々のポテンシャルの高さはあったが、好物を作るとなるとそれが最大限に発揮されるようだ。
「よし!じゃぁ、包みましょう!」
「包み方のコツとかってあるの?」
冷蔵庫から餃子の皮を出しながら私が聞くと、雄介くんは首を捻った。
「うーん…特に思い浮かばないですけど、上手く皮が閉じれないからって、具をケチりすぎると美味しくないって事ぐらいですかね?」
「了解!やってみるよ」
前述した通り、私は餃子作り自体が初めてのため、当然ながら包んだ事が無い。雄介くんに先に何個か作ってもらい手元をよく観察して、私も挑戦してみた。
「……見てると簡単そうに見えるんだけどなぁ」
私の作る餃子は中身が少なく、ヒダがやたら大きいため、ペタンと倒れてしまう。一方、雄介くんはというと慣れた手付きでスッスッと綺麗な形の餃子を作り出していく。
「ふふ、初めてでも形は綺麗ですよ?皮の部分もカリカリに焼くと美味しいから気にしないで下さい!」
笑顔でフォローしてくれるが、情けない気持ちで一杯になった。結局、50枚入の皮を買っていたが、私が20個、雄介くんが30個包んだ。最後の方は理想的な形に近付けたが、相変わらず中身が少なかったようで最後の最後まで自立する餃子を作る事は出来なかった。
「ふーっ…餃子作りって難しいんだなぁ…お店の人に感謝して食べなきゃだ」
「ふふ。慣れもありますからね!これにこりずにまた作りましょうよ」
「え…雄介くんが来てくれるなら頑張る」
「貴文さんと餃子の為なら喜んで」
……今、サラッと私と餃子を同列にしなかった?
ニコリと嬉しそうに笑う彼にそんな事は言えず、苦笑いしながらフライパンを取り出す。普段は一人前しか調理しないため、ぎゅうぎゅうに詰めて何とか2回で焼き切れるかどうかと言った所だ。
「フライパンは温めずに油をしいて、餃子を並べて…水かお湯を入れて蓋をしたら火を点けますね。火加減は強めの中火です」
「了解!」
テキパキと説明しながら雄介くんが作業する。
私はそれを横で見ながらふと気が付いた。
「…そう言えば、箸休め的なもの買わなかったね」
「あ」
お互い顔を見合わせる。
「冷蔵庫に何かあったかな…」
「すみません、気付かなくて」
「いやいや、僕も頭の中が餃子でいっぱいになってたから」
言いながら、ゴソゴソと冷蔵庫を漁る。
「あ、キュウリとトマトがあるな。じゃぁこれで…」
メインの餃子は殆ど任せてしまったから、ここは一つ、副菜作りを頑張るとしよう。
私は冷蔵庫から出してきたトマトを洗い、一口大に切るとボウルに入れた。そしてそこに…
「えっ、キムチ入れるんですか?」
「そう。これが意外とイケるんだよ」
驚く雄介くんを横目に、トマトの入ったボウルにキムチを入れていく。そして、少しのコチュジャンと、たっぷりめのすり胡麻を入れ混ぜ合わせる。
「美味しそう…」
「ありがとう。餃子はどう?」
フライパンから、パチパチと音が聞こえる。
「あ、そろそろですね」
蓋を開けると、モワッとした湯気と共に敷き詰められた餃子が顔を出した。水は残っていない。
「最後は強火で焼き目を付けたら完成です」
「いい香り」
フライパンを揺する雄介くんに、お皿を渡す。
「ありがとうございます」
「2回目の焼きも頼んでいい?もう一品箸休め作るよ」
「わ!ありがとうございます」
そして私は2品目の副菜に取り掛かった。
きゅうりを斜に切り、ビニール袋に入れる。そこに塩昆布と少しのお酢を入れてギュッギュッと揉む。そう、以前作った塩昆布キャベツのきゅうりバージョンだ。
「完成」
「こっちも美味しそうですね!」
「ありがとう。って餃子、めちゃくちゃ綺麗に焼けてる!」
「へへっ、ありがとうございます」
綺麗に焼き目の付いた餃子が皿の上に鎮座している。私が作ったペタンコ餃子は2回目に焼くようだ。
とりあえず出来た餃子と副菜をローテーブルに運ぶ。雄介くんが2回目を焼いてくれている間に、私は包丁やまな板の片付けと、箸や取り皿や餃子のタレを準備した。
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