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第四夜∶タコキムチと新玉ねぎ
(疲れた…)
今日は1日外勤だった。
得意先をいくつか回ったのだが、滞在時間より移動時間のが遥かに長く、しかも電車やバスを使っての移動だった。普段の運動不足がたたり脚はパンパン、身体もいつもより重たい。
身体をひきずるようにスーパーの自動ドアをくぐると、見慣れた景色に少しだけホッとした。
(今日は久しぶりに惣菜で済ませてしまおうかな…)
いつもとは反対側に回って、真っ先に惣菜コーナーを覗く。コロッケ、串カツ、唐揚げ、ポテサラやマカサラに餃子、炒飯、肉団子…美味しそうだが、食べた後の事を想像し軽く胃を押さえた。
(刺し身にしようか…でもちょっと寒いしな…)
そんな事を考えながらフラフラしていると半額になっているキムチを見付け、思わずカゴに入れた。キムチは私の好物の内の1つ。それだけでもつまめるし、ご飯によし、酒によしの万能選手だ。壁際にある鮮魚コーナーに差し掛かると、これまた好物の茹でタコが20%引きではないか。キムチといい、タコといい、頑張った私に神様からのちょっとしたご褒美だろうか。
(タコ…キムチ…タコキムチ!)
そのままではいか、と内心で自分に突っ込みながらも、とにかくアテが決まった。
いつもと逆走しているため、最後が野菜コーナーになる。いつもと反対側から見る野菜コーナーは少しだけ新鮮だった。いつもはあまり見ない場所が殊更よく見える。
(あ、あんな所に新玉ねぎが…)
スーパーに通い始めてから、前より食べ物の旬に敏感になった気がする。年齢のせいもあるかも知れないが、最近は旬の物を見ると惹かれてしまう。
新物の為、安くなってはいなかったが量を買う訳では無いし、キムチとタコが安く買えたからよしとしよう。迷わず新玉ねぎをカゴに入れレジに向かった。
「お疲れ様」
「あ!永井さん、お疲れ様です」
ニコリと嬉しそうに微笑む加藤くんに、今日の疲れの何割かは癒やされた気がした。あくまで気持ちだけだけで身体は相変わらず重かったが。
「今日は遅番なんだね」
「はい、早く帰れる日が増えたと言っても週に2日ですからね」
ピッ、ピッとバーコードをスキャンしながら彼は苦笑いした。
「お疲れ様」
「永井さんも、お疲れ様です」
会計が終わり、エコバックに商品を入れていると「永井さん」と呼ばれ驚いて振り返る。
「どうしたの?」
「今日、お疲れぎみじゃないですか?」
「えっ」
「店に入って来た時たまたま見かけたんですけど、何かいつもと様子が違う気がして」
確かにレジからは入口がよく見えるし、私のようなスーツの中年が入ってきたら良くも悪くも目立ってしまうのだろう。
しかし、よく見ているものたなぁと感心しながら苦笑いした。
「今日は仕事で外回りだったからちょっと歩き疲れただけだよ。心配してくれてありがとう」
「これ、良かったらどうぞ」
ぽん、と手渡されたのはレモン飴だった。
不思議そうに見ていると、彼はニコリと微笑んだ。
「疲れた時には甘いものです」
「そういう事ね、ありがとう」
つられてこちらも笑顔で礼を言うと、彼は「引き留めてすみませんでした」とレジに戻っていった。本当に、私が女性ならコロッと落ちてしまうような気遣いのできる好青年である。
生憎私は女性ではないのでコロッと落ちる事は無かったが、彼のちょっとした気遣いであたたかい気持ちになりスーパーを後にした。
「さて、やるか」
いつもより長めに湯に浸かり、全身ポカポカだ。身体の重さも、いくらかマシになっている。袖を捲り調理を開始。と言っても、調理というまでもなかった。
タコはぶつ切りにして、チューブのおろしニンニク、おろし生姜、ごま油、キムチ、すりごまを入れて混ぜる。(あればネギを入れる)これで完成。
新玉ねぎは百均で購入したスライサーでスライスし、少しだけ塩をして揉む。皿に乗せて鰹節と醤油をかけ回したらもう完成だ。
(ビールにも焼酎にも合うけど…今日はビールの気分だな)
冷蔵庫から缶ビールを出すと、ツマミと共にローテーブルへ運んだ。
「いただきます」
ビールを一口あおると、「あーっ」と溜め息ともつかぬ声が出た。先ずは、新玉ねぎから箸をつける。シャキシャキとした食感が小気味良い。醤油の塩気が玉ねぎの甘みを際立たせ、そこに鰹節の旨味が加わり簡単ながら1つの料理として完成されていた。
お次はタコキムチ。もう、見た目だけで優勝。ビールが進む予感しかない。口元に持っていくと胡麻がフワリと香り、口内に運べばニンニクとキムチの旨味のパンチにノックアウトされる。タコの弾力が歯を押し返し、ずっと噛んでいられそうだ。余韻を残した所に、すかさずビールを流し込む。
「うまぁ」
思わず声が出た。美味いツマミと酒に、疲れが吹き飛んでいく。…疲れと言えば。
食事中だが立ち上がり、コートのポケットを弄る。
(あった)
入れっぱなしになっていたレモン飴を取り出し、再びローテーブルの前に腰掛けた。今食べる訳では無いが、思い出した時に出しておかなければ忘れそうだったのだ。再び新玉ねぎを食べビールを口にしながらボンヤリ飴を眺めた。
(飴なんて…貰うの何年ぶりだろう)
人から飴を貰うなんて、もしかしたら小学生以来かも知れない。一人苦笑いしながらも、思い出すとあたたかい気持ちになった。
(しかし好青年な上あんなに優しかったら、加藤くんの彼女は気が気じゃないだろうなぁ…)
何となくそんな事を考えてしまい、いらぬお節介だと頭を振る。
(食後にでも食べるか)
忍び寄る睡魔の気配を感じながら、ひたすらモグモグと口を動かした。
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