休肝日∶おにぎりと味噌汁

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休肝日∶おにぎりと味噌汁

(……ん?) 目を開くと、大きな背中が目に入った。 寝起きで頭が回らず、暫くぼぉっとその背中を眺める。 (昨日は貴文さんの家で餃子作って食べて、 それから……あ!) 僕が起きた気配に気付いたのか、モゾモゾと貴文さんが寝返りを打つと僕の方を向いた。 「ん……おはよう…」 「おはようございます」 (そうだ、そのまま泊めてもらったんだ) 寝起きの掠れた声が至近距離で聞こえ、心臓が跳ねた。ぼんやりしていた頭が一気に冴え渡っていく。いつもと違う、寝起きの貴文さん。 ぼんやりした目はいつも以上に優しげで、髪の毛もちょっとボサっとしていてゆるーい雰囲気だ。 「…可愛い」 「え」 しまった。思わず口に出してしまった。 ポカンとする貴文さんを前に、僕は口を片手で押さえた。 「初めて言われた」 嫌な顔をされるかと思いきや、「こんなおっさんが?」とクスクスと笑い出す。 「だって、いつもと雰囲気全然違うじゃないですか。スキだらけ」 「だって、寝起きからスキが無い人いる?ずーっと気張ってたら疲れちゃう」 「そりゃそうですけど…」 「別に雄介くんの前で気張る必要ないでしょ?」と小さく欠伸をする。 「……っ!」 ―ドキリ 心臓が、勢いよく跳ねた。 それは、気を許してもらっていると言う事でいいのだろうか?仲のいい、友人。そう、友人。 それなのに、勢いよく跳ねた心臓はなかなか収まらず僕の頬は熱くなった。 「どうしたの?大丈夫?」 「だ、大丈夫です」 深呼吸を繰り返し、気持を落ち着ける。 「お腹空いたんじゃない?朝ご飯食べる?」 「あっ、えっと…迷惑じゃ、なければ」 僕が言うと、貴文さんは困ったように笑った。 「迷惑なら、そもそも泊めてないよ。ご飯と味噌汁でいい?」 上体を起こしてぐっと上に伸びをすると、貴文さんはベットを降りキッチンに向かう。「手伝います!」と僕はその後を追った。 まだ、一緒に居られる。 それが嬉しくてついつい表情(かお)が緩んだ。 「あ、そう言えば服、どうしよう…」 米を研いで炊飯器にセットし、早炊きモードのスイッチを押してから僕は貴文さんの服一式(インナーも)借りている事を思い出した。自分が昨日着ていた服はビニール袋の中だ。 味噌汁を作っていた貴文さんは僕を見ると、「嫌じゃなきゃそのまま着て帰りなよ」と言ってくれた。 「すみません、ありがとうございます…!」 何から何まで世話になってしまった。 申し訳無さそうに言うと、貴文さんはまた困ったように笑う。 「雄介くん、色々気にしすぎ。僕が歳上だから色々気になってるのかも知れないけど、僕はフラットな関係だと思ってるから」 「ありがとう、ございます」 こんな自分でも、対等に見てくれているんだ。 嬉しくて少し泣きそうになった。 炊飯器から、米の炊けるいい香りがしてきた。 早炊きモードは20分。あと10分で炊きあがる。 「ラジオ(FM)つけていい?」 「はい。…テレビは見ないんですね」 「あ、テレビ見たかったら点けるけど」 「あっ、そうじゃなくて、ラジオって珍しいなって」 「そ?」 言いながら、貴文さんはラジオのスイッチを入れた。木製の枠に嵌められた銀色のパネル型のオシャレなデザインで、言われなければラジオだと分からない。Bluetooth搭載でスピーカーにもなるらしい。 「ゴシップがあんまり好きじゃなくてね。というか、最近いいニュース聞かないじゃない?テレビだと否応にも視界に飛び込んで来るからどうしても気になってしまって。ラジオなら聞き流せるからさ」 「好きな番組とかがある訳じゃないしね」と笑いながら言う。確かに、と僕は思った。実家に居る時は毎朝テレビが点いていて、特に見たい訳でも無いのに何と無く見てしまい食事や支度が進まなくて遅刻しそうになった事が何度もある。 「僕も聞いてみようかな…」 ピピーッピピーッ ご飯が炊けたようだ。 炊飯器の蓋を開けると、ツヤツヤと粒の立った白米が顔を出した。貴文さんは先程作っておいた味噌汁を温め始める。 「あの、おにぎりにしてもいいですか?」 「おにぎりか…いいね。僕の分も作ってもらっていい?」 「勿論です!」 最初から、そのつもりだった。 僕はしゃもじで米をほぐし、皿と塩を用意すると塩むすびを作り始めた。炊きたてで、熱い。時々水道水で手を濡らし火傷しそうになりながら、何とか4つ作り上げた。 「綺麗な形だね」 「へへっ、ありがとうございます」 海苔は食べる直前に巻く事にして、僕はおにぎりをローテーブルに運んだ。お釜は水につけておく。貴文さんが味噌汁と箸を持ってきてくれた。 「ありがとうございます」 「こちらこそありがとう」 「「いただきます」」 塩むすびと、味噌汁。 朝の寝起きの身体に染み渡る。 ふっくら炊けたツヤツヤご飯に、微かな塩気。パリッとした海苔の磯の香り。味噌汁は豆腐、わかめ、揚げのシンプルなものだったけれど、出汁がきいていて美味しい。 そして何より、朝ご飯を一緒に食べられる相手が居ること。 「あーっ…幸せ」 思わず出た言葉に貴文さんは目を丸くしたけれど、それから優しげに微笑んで「そうだね」と小さな声で呟いた。 ずっとこんな時間が続いたらいいのに。 そう、口に出そうになった言葉を飲み込んだ。 食べたら帰らなければならない。溜まった家事が待っている。ならばせめて、今のこの幸せな時間を存分に噛み締めておこう。 「食べたら、この前雄介くんに貰った珈琲豆(挽いたやつ)で珈琲たてようか」 「はい…!」 僕は2つ目のおにぎりを手にすると、がぶり、と大きな口でかぶりついた。
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