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第二十四夜∶プルコギ
先日、雄介くんを家に招いて一緒に食事をした。
とても喜んでくれたのだが、あれ以来彼の様子が少しおかしい気がする…杞憂だと、いいのだが。
お盆前。
休み前後は仕事が立て込む事が多い。
なるべくなら休みに入る前に仕事を片付けたくて、連日残業が続いた。今日は2時間程残業し、いつも通りスーパーへと向かった。
(遅くなってしまったが、まだ雄介くんは居るだろうか…)
彼の様子が少しおかしい、という確たる根拠は無い。しかし以前より「一歩引いた」態度を取られているような気がするのだ。
しかし、何と切り出していいか分からなかった。あからさまに避けられていれば話は別だが、表面上は前と変わらない付き合いをしているのだから。一歩引いたように感じるのはあくまで私の主観にすぎない。
胸の中のモヤモヤした気持は収まらず、スーパーに着いて買い物を始めてもなかなか集中できない。かと言って、何も買わなければ夕飯を食いっぱぐれてしまう…。
迷った結果、見切りになっていたピーマンと、30%引きになっていたプルコギビーフをカゴに入れレジに向かう。その間も、店内をキョロキョロ見ながら歩いたが雄介くんの姿は見当たらなかった。
(レジかな…)
遅めの時間だったため客も少なく、レジは1つしか空いていなかった。
「……あ」
レジに居たのは、この間の若い女の子だ。
彼女もこちらに気付いたようで「どうも…」と愛想笑いを浮かべる。私の後にレジ待ちの客が居ない事を確認して、声をかけた。
「今日加藤くんは…」
「あ、早番でもう今日は上がりました」
「そうなんだね、ありがとう」
「あのぅ…」
「何かな?」
素っ気ない態度を取られたと思ったら、今度は探るような視線を向けてくる。
「加藤さん、何かありました?」
「えっ…何で?」
ドキリ、と心臓が跳ねた。
暑さのせいではない汗が、ジトリと出る。
彼女は訝しげな顔をしながら話を続けた。
「最近、話かけても前より素っ気ない気がするんです。何か元気もないし…オジサンなら仲いいし、何か知ってるかなって。私、加藤さんの事が心配で…って、いきなりすみません…」
「いや…」
雄介くんへの好意をあからさまにする彼女の態度に気圧され、私は半歩後に引いた。これは、協力を求められているのだろうか?それとも、仲が良い事に対する牽制や嫉妬なのだろうか?
「私には分からないな…。力になれなくてごめんね」
「いえ」
何とか作り笑いを浮かべると、私は半ば逃げるようにレジを後にした。
何故雄介くんの元気が無いのか、寧ろこちらが知りたいくらいだ。
「さて、やるか」
冷蔵庫にあった玉ねぎ、買ってきたピーマンを切り、フライパンでプルコギビーフと炒める。頭が正常に機能していない時の味付け肉は有り難かった。炒めている間も、何だかんだでずっとスーパーでのやり取りと雄介くんの事を考えている。
出来上がって皿に盛り、ビールと共にローテーブルへ運んだ。
「いただきます」
悩みはあっても腹は減る。
とりあえず腹ごしらえだ。肉に火が入ってすぐ火を止めた為肉は柔らかくて美味しかったが、ピーマンと玉ねぎがちょっと生っぽい。生で食べられる野菜だから大丈夫と言ったら大丈夫だったが、玉ねぎが少し辛かった。
(…味付き肉の調理だからって油断した)
涙ぐみながら、辛い玉ねぎをビールで流し込む。
……何だか散々な気分だった。あの日以来、たまに夕飯時に送られてきていたラインも来ていない。
……寂しい。
そもそも、何でこんな事になってしまったのか。
雄介くんが家に来て、食事を始めた所までは良かった。よくよく思い出すと、微妙な空気になってしまったのはアルバイトの女の子の話をした時からだ。
前に彼女が出来ない事を気にしていたし、良かれと思って言った一言だったが、雄介くんはやけにムキになってそれを否定した。お互い謝ってその場は収まったが、もしかしたらそこに原因があったのだろうか。
パーソナルスペースに、踏み込みすぎたか。
…少し、距離感を間違えたかな。
一人でも平気だった筈なのに。
いつの間にか近くに居る事が当たり前になってしまった彼の存在。一歩引かれたと感じただけで寂しく思えてしまうのは、友人として近すぎたのかも知れない。
ギュっと胸の辺りが苦しくなった。
無理矢理食事を流し込むと、早々に片付けベッドに潜り込んだ。スマホを片手に、雄介くん宛のメッセージを作成する。
書いては、消し。
書いては、消し。
悩む間に、ふとある考えが浮かんできた。
…もし距離感を間違えていたのなら、ここで一旦距離を取った方がいいのではないか?
色々考えている内に頭が疲れて睡魔に襲われ、私はスマホを握りしめたま目を閉じた。
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