第二十六夜∶エビのタルタル風サラダ

1/1

263人が本棚に入れています
本棚に追加
/99ページ

第二十六夜∶エビのタルタル風サラダ

お盆最終日。 結局お盆休みは初日に掃除をしてから、丸二日は読書に明け暮れた。時間がある時に読もうと買っておいたミステリー小説だ。元々読書は好きだったが、最近仕事が忙しくてご無沙汰ぎみだった。久しぶりに読み出すと面白くて没頭し、時間が経つのがあっと言う間に感じた。 私は読みかけていた本に栞を挟むと、時計を確認した。そろそろ買い物に出ようか。 あれから何と無くスーパーに行きにくくて、珍しく昨日はコンビニの惣菜と弁当で済ませてしまった。しかし2日連続は身体的に辛い。野菜も食べたいし… 私は重い腰を上げスーパーへと向かった。 いつもと同じくらいの時間帯にスーパーに着くと、今日はやけに人が多い。浴衣姿の人もいる。 (…近くで祭りでもあるのかな) 私はカゴを持つと店内をまわり始めた。 先ずは定番、野菜コーナーから。ここ最近きゅうりとトマトばかり食べているから、そろそろ他の野菜も食べたい。 (あ、シシトウ…) 見切りの棚に乗っていたのは、小さなパックにぎゅうぎゅうに詰められたシシトウだった。以前焼き鳥屋の串で食べた事があるが、焼くだけで十分美味いやつだ。酒にも合う。隣の値引きされたヤングコーンも買って一緒にトースターで焼いて食べよう。私はその2つをカゴに入れ鮮魚コーナーへ向かった。 (今日はいつもと違うな…) お盆だからかいつもの少量パックは数が少く、大人数向けの刺し身の盛り合わせパックがズラリと並んでいる。値引きもまだされていない。 (あ、20%引き) 刺し身のパックの脇にある、値引きされた茹でエビが目に入った。少々小さめだが沢山入っており、茹でてあるから面倒な下処理もいらない。特に何を作るか決めては無かったが肉よりは海鮮系のものが食べたくて、少し悩んだ末エビをカゴに入れた。 ―バダン 音がして顔を上げると、バックヤードの扉が開き中から雄介くんが出てきた。 「こんばんは」 「あ…永井さん、こんばんは」 いつものように笑顔で返してくれたが、一瞬だけ表情が強張った。少し気になったが、突っ込みすぎてまた距離感を間違えたくない。 「ごめんごめん、忙しかったかな」 「いえ…あ、今日はエビですか」 気にせず言葉を続けると、彼もいつも通りの調子で話を続けてくれた。 「うん…でもあんまりいい食べ方浮かばなくて。何かいい食べ方ある?」 「茹でエビですよね…」 「うーん」と首を傾げながら、彼は真剣に考えてくれる。仕事中申し訳無いと思いながらもそれが嬉しくて、口元が緩みそうになるのを必死に堪えた。 「あっ、僕ならサラダにします!」 「ほう?」 サラダか。 ヘルシーで良いが、酒の肴になるのかな…? 「潰した茹で卵と玉ねぎを足して、塩胡椒、マヨネーズで和えてタルタル風にすれば、ツマミにもなるんじゃないですかね?」 「成る程ね!」 いかにも若い子が好みそうなメニューだが、簡単で美味しそうだ。後のツマミがシシトウとヤングコーンであっさり系だからバランスもいい。聞いて良かった。 「ありがとう。…忙しそうだけど、頑張ってね」 「あ……はい、ありがとうございます」 雄介くんはまだ何か言いたそうな雰囲気だったが、これ以上話をするとまた近付き過ぎそうなので「じゃぁ」と私は足早にその場を後にした。 いいんだ、これで。 「さて、やるか」 休みとて、いつものルーティンに変わりなく。 私は風呂を済ませてからキッチンに立った。サラダに使う茹で卵だけは帰宅して直ぐ作っておいたが、本番は今からだ。 トースターのアルミトレイにアルミホイルを敷いて、洗ったシシトウとヤングコーンを乗せトースターで焼く。 茹でエビはボウルにあけ、フォークの背であら潰しにした茹で卵を加える。本来のタルタルはみじん切りなのだろうが、今回はタルタル『風』サラダなので玉ねぎは食べやすいように薄くスライスした。塩もみして絞り辛みを抜いてから先程のボウルに入れ、塩、胡椒、マヨネーズで混ぜ和えたら完成だ。 チーン シシトウとヤングコーンも焼き上がったようだ。トースターを開け慎重に醤油を垂らすと、ジュワァァという音と共に醤油が焦げる香ばしい香りが部屋に立ち籠める。トレイごと取り出し、サラダと共にローテーブルに運んだ。今日の酒はビールだ。 「いただきます」 ビールで口を潤して、まずはシシトウ。 香ばしい香りと共に口内に運ぶと独特の青臭さが広がる。ピリリとした鋭い辛みが舌に走り、思わずビールを口にする。どうやら「当たり」だったようだ。次はヤングコーン。普通のトウモロコシのような甘みはないが、醤油の仄かな塩気とジャキジャキとした食感が心地良い。 (さて、タルタルはどんな感じかな…) エビ、玉ねぎ、卵を箸でひと掬いして口に運ぶ。プリッとした食感のエビは旨味たっぷりで、卵とマヨネーズで濃厚且つまろやかな味わいになっている。そこにシャキシャキとした玉ねぎの食感と風味がアクセントになっていて美味い。胡椒がいい仕事をしている。すかさずビールを流し込んだ。 (クラッカーに乗せたらワインのアテにも良さそうだな) オシャレで、美味しい。センスの良さが光っている。頷きながら、また一口、また一口。 うん、美味い。 ―ドン ―ドドン 「ん…?」 食べていると、外から微かに音が聞こえてくる。 箸を置き立ち上がると、窓を開けた。 「おー…花火だ」 小さくはあるが、遠目にしっかりと花火が見えた。そうか、今日は花火大会だったのか。 ―ドン ―ドン ―ドドン 頬杖をつき、暫く窓から花火を眺めていた。 (いつだったか、雄介くんが行きたいって言ってたなぁ…) 結局今日は仕事のようだったけれど、少し前の自分だったら予定が合う花火大会を探して、声をかけていたのかも知れない。 (いけないいけない…) 頭を軽く振り窓を閉めた。 以前の距離に戻すと決めたじゃないか。 ちょっと仲のいい常連客と、店員。 私は再び箸を取ると、黙々と晩酌を再開した。
/99ページ

最初のコメントを投稿しよう!

263人が本棚に入れています
本棚に追加