休肝日?∶チキンサラダ

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休肝日?∶チキンサラダ

(今日も、会えなかった……) 閉店後。 人気(ひとけ)のない薄暗い店内の見回りを終え事務所に戻ると、僕は小さく溜息をついた。 最後に会ったのは、お盆の最終日だっただろうか。 平日は毎日のように来ていた貴文さんが、ここ3日間姿を見せていない。たまたま会わなかっただけかと思い、さり気なくパートさんに「今日あのスーツの人見ましたか?」と聞いても皆揃えて首を横に振った。 (何かあったのかな?また体調崩したのかな…) 1日目、たまたま会わなかっただけかなと思った。 2日目、もしかして体調崩したのかも知れないと思いラインしようか迷ったが、明日には会えるだろうと結局しなかった。 そして、3日目… 今日も貴文さんは来なかった。 本当に、何かあったのだろうか? 倒れたりしてないだろうか?それとも…… いけない、マイナスな事ばかり考えてしまう。 少し前なら、2日目の時点で間違いなくラインしただろう。しかし今は自分の中で貴文さんとの距離の取り方が定まらず、連絡するのも躊躇われた。でも、それも3日目までくるともう気になって仕方が無かった。 たった3日。 …されど、3日。 会いたい…… 心配で、寂しくて、不安で、苦しくて 色々な感情でぐちゃぐちゃになりながら、必死に藻掻いていた。 ねぇ、貴文さんは 今、何処にいて何を思っていますか…? 大きく一つ深呼吸して、気持ちを鎮める。 セキュリティをかけ施錠すると、僕はスーパーを後にした。帰り道にコンビニに寄ってチキンが入ったサラダとビールを買った。暑くて食欲も無いし、これで十分だ。 (一旦飲んで落ち着こう…) 帰宅してシャワーを浴びると、冷蔵庫から先程買ったサラダとビールを取り出しローテーブルに運んだ。 「いただきます」 ビールに口をつけると、一気に半分近くを飲み干した。お腹はそこそこ減っているのに何と無くサラダを食べる気がせず、チビチビとビールを口にする。空腹だと酔いが回りやすいのは知っていたが、仕方ない。いや、いっその事酔ってしまいたかった。酔って、この不安や寂しさから少しでも逃れたかった。 チビチビ飲んでいた筈が、気が付くと1本空になっている。フラフラと立ち上がり、買い置きしているレモンサワーを出してきた。サラダにはまだ手を付けていない。 持ってきたレモンサワーを半分空けた所で、ようやくサラダのパックを開け野菜を口にした。お酒にそう強くないから既にいい感じになってきている。 (今ならラインできそうな気がする…) 僕はスマホを取り出し、メッセージを作成した。 『お疲れ様です。 ここ何日かスーパーにいらっしゃってませんが、何かありましたか?体調崩したりしてないですか?』 (変じゃないよな…) 何度も何度も読み返す。 友人として、適正な距離感だろうか。何があったか心配したり、体調を心配するくらい普通だよな、と自分に言い聞かせる。 (でももし、体調を崩して寝込んでいたら…?) きっとすぐにでも貴文さんの家に押し掛けて、看病したくなってしまうだろう。でも、それでは近付き過ぎてしまう気がした。 ……前はそんな事、考えもしなかったのに。 ちょっと仲のいい常連客と店員って、 最初の距離感って、どんなものだったっけ… 「あっ!」 ボンヤリ壁を眺めていたら指が送信ボタンに触れていたようで、いつの間にかメッセージが送信されていた。慌てたのも束の間、送信取り消しをする前に『既読』が付いてしまった。 (メッセージ…気付いてすぐ見てくれたんだ…) あまりスマホを触らない人だから、もうそれだけで嬉しかった。しかし送ろうかどうか半分迷っていた所で送信してしまったので、少し緊張して返信を待つ。 ―ピコン (…きた) 『お疲れ様。 心配かけてごめんね。急な出張が入ってしまって。 明日の夜には帰ります』 「良かったぁ…」 僕はその場で思い切り脱力した。 体調が悪い訳じゃなくて良かった。 ……そして、避けられてる訳じゃなくて、 本当に良かった。 もしかしたら、こちらの不安の方が大きかったのかも知れないと苦笑いした。 メッセージを送るまで散々悩みに悩んでいたのに、貴文さんからの返信を見たらホッとしてしまい全て吹き飛んでしまった。とりあえず、来れない理由が分かって安心した。 『そうだったんですね! お疲れ様です。帰ったらゆっくり休んで下さいね』 メッセージと、それから「お疲れ様です」のメッセージが付いたスタンプを送信すると僕はスマホを置いた。 本当は、戻ってきた日にすぐにでも会いたいくらいだった。でもきっと疲れててスーパーには来ないだろうし、だからと言って僕が家になんか押しかけたら、もう友人どころかただ迷惑でしかない。 状況が分かっただけでも、十分満足じゃないか。 ―ピコン 『ありがとう』 ―ピコン 『お休み』 スタンプがポンポン、と2つ送られてきた。 「…おやすみなさい、貴文さん」 呟くと胸がいっぱいになり、僕はギュッとスマホを握り締めた。
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