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きっと僕の、貴文さんに対するこの想いはとっくの昔に「友情」から「慕情」に変わっていた。
それを無理矢理「友人」の枠に収めようとしていたからキャパオーバーしたのだ。
…何と無く、感づいてはいた。
しかし、それを慕情と認めてしまうと実らぬ恋に身を焦がす事になるのが分かっていたから、認めるのが怖かったのだ。
友人としてなら、ずっと側にいられる。
でも、側にいると「もっと」と欲が出てしまう…
辛い、苦しい、でも……側にいられる事が幸せ。
矛盾する感情に板挟みになっていた時、自分の想いだけが一方的に強くなっているかも知れない事に気付き、距離をおいたのだ。
「ねぇお兄ちゃん、気になる人、いるの?」
「ん?……まぁ、ね」
チラリと見た妹がいくらか真剣な眼差しでこちらを見詰めているので、僕は居たたまれなくなって再び視線を逸した。
「もしかして永井さ…」
「言うな!」
ガタン!
僕は顔を赤くして勢い良く立ち上がった。妹は一瞬怯んだように身を引いたが、お腹に手を当て僕を睨んだ。
「大声出すのは止めて。お腹の子が怖がるでしょう」
「……ごめん」
僕は力なく再び椅子に座り込み頭を抱えた。すると妹は表情を和らげ、先程とは打って変わった優しい声で僕を宥める。
「…私の方こそ、ごめん。
お兄ちゃん……辛かったんだね」
僕は黙って頷いた。
今まで我慢していたものが後から後から溢れ出し、
上手く言葉が出てこない。
「もう…どうしていいか分からない…」
好きになった相手が同性で、歳上で。
結婚や子どもはおろか、想いを伝える事も躊躇われて。この年になって、非生産的な感情だけの幼い恋心を抱いている自分が嫌で。
でも、それでも
好きという気持は消すことができなくて。
「………お兄ちゃんはさ、どうしたいの?」
「どうって……」
「友達のままでいいのか、恋人になりたいのか」
「恋人になんて慣れる訳ないだろ…」
「同性なんだぞ?」と今更ながら口にして虚しくなる。
「可能性の話をしてるんじゃなくて、あくまでお兄ちゃんがどうなりたいかを聞いてるの」
「それは…まぁ、うん。友達以上になりたいとは思ってるよ」
「今はどんな感じなの?」
「え?会ったら話したり、最近行ってないけどたまにご飯行ったり…旅行も、行った」
すると妹は大きく目を見開いた。
「えっ!いいとこまで進んでるじゃない?!」
「いや…でも、それからちょっと距離を置いたんだ…」
「何で?」
「知り合って間もない頃、なかなか彼女が出来ないって話をした事があったんだけど、最近職場に入ってきた娘が、もしかしたら僕に気があるんじゃないかって、貴文さんに言われたんだよ」
「事実なの?」
「うーん…よく分からない。やたら話かけられたり、旅行のお土産が僕だけ違ったりとかはある。それって、僕に気がある事になるのか…?」
「女性の立場から言わせて貰うと、十中八九気があると思う。…で、それで何で永井さんと距離をおく事にしたの?」
「貴文さんは、僕に彼女ができて一緒に過ごす時間が減っても平気なのかなって思って…」
「……」
「僕にとっては、彼女を作って彼女と過ごすより、貴文さんと過ごす時間の方が大切なのに…。そう思っているのは僕だけなのかなって」
「……うん」
「それで、僕の気持ちばかりが大きくなってるんじゃないかって思って、距離をおいた…」
「ねぇお兄ちゃん、永井さんって優しい人なんでしょ?」
僕は黙って頷いた。
「だったら、お兄ちゃんが『彼女が欲しい』って言ってたから協力したいって思ったんじゃない?自分の感情はひとまず置いといてね。だから、お兄ちゃんと過ごす時間が減っても平気って訳じゃないんじゃないかな」
妹の言葉に、僕はハッとした。
僕は何て自分勝手だったんだろう。前は彼女が欲しいと言っていた癖に、今の自分の気持は貴文さんに伝えずに勝手に距離を置いてしまった。
「それは……そうかも知れない。でも、今は彼女とかより貴文さんと一緒に居る時間が大事だなんて言ったら気持ち悪がられたりしないかな…」
「何でそう思うの?」
「…だって、男だし。異性より同性と一緒にいたいって言われたら気持ち悪くない?」
「好きな気持ちに異性も同性もある?…まぁ、確かに全ての人に受け入れられる訳では無いかも知れない。でも、永井さんと一緒に過ごす時間が大事っていうのがお兄ちゃんの本心なんでしょ?」
「……うん」
「直接好きって言ってる訳じゃないじゃない。ただ一緒にいたいって気持を伝えるだけなのに、何をそんなに怖がってるの?」
「それは……」
「愛情より友情を優先しただけって思われるし、大丈夫よ」
「でも愛情を上回る友情なんて有り得る?しかも、僕の気持は友情じゃなくて…」
「だからややこしいのね」
妹は盛大に溜息をついた。
話をして、ようやく少しずつ気持ちの整理が出来てきた気はするが、結局どうしていいか分からず僕は黙り込む。
「……好きという気持ちをストレートに伝えなければ、取り敢えずは『友情』と取ってもらえる。だから、一緒にいたい気持は伝えてもいいんじゃない?」
「うん……」
『友情』と取られるのもまた複雑な心境だったが、今のまま貴文さんとの距離がどんどん離れていくのだけは嫌だった。
「距離を縮めても相手に抵抗が無いようであれば、もしかしたら…ね」
僕は黙って頷いた。
「さ、そろそろ店行ってご飯食べてきたら?昼過ぎにお兄ちゃん行くって連絡しといたから」
妹に玄関まで見送られ礼を言い、僕は店に向かう。
本当に、どこまでも強い妹だった。
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