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「ここまで付き合ってくれてありがとう」
「いえ、方向的にも家に近くなりますし…こちらこそ、話を聞いて下さってありがとうございます」
スーパーの入口前で私達は立ち止まった。
雄介くんも実家からの帰りだと言っていたし、流石に中までは入らずそのまま帰るだろうと思ったからだ。
「じゃぁ、また」
「あの…」
「ん?」
「夕飯、作りに行ってもいいですか?」
「えっ、いつ?」
「今から」
私は驚いて目を丸くした。
これはまた、突然の提案だった。いや、過去に私もいきなり夕飯に誘った事があるから人のことは言えたものではないが。返答に窮していると、雄介くんは「迷惑じゃなければ…」と弱々しい声と共に覗うような視線を送ってくる。
「迷惑じゃないけど、いいの?実家からの帰りで雄介くんも疲れているだろうし、折角の休みなのに」
「元気ですよ。それに、色々迷惑かけちゃったし…。僕が貴文さんに料理作りたいなって思ったので。大したものは、出来ませんけど」
「貴文さんも疲れててゆっくりしたいと思うし、作ったらお暇しますね」とニコリと笑うと、店内に入りカゴを持った。
「あ!待って…!」
反射的に、彼の手を掴んでいた。雄介くんが驚いたように振り向く。
「貴文さん?」
「あの……さ、一緒に食べようよ」
「えっ…」
雄介くんは驚いたように目を見開いた。
「いいんですか?」と揺れる瞳で呟きに近い声を出す。
「久しぶりに、一緒に食べたいな」
「迷惑じゃないなら…」
その言葉に、思わず雄介くんの手を握る手に力がこもった。
「迷惑じゃないならって、よく言うよね。何で?
雄介くんと一緒にいるのは僕の意思でもあるんだよ?」
一緒にいたいと思っているのは、
雄介くんだけじゃない。
そうはっきり伝えると、胸の辺りにあった蟠りが、スッと無くなった気がした。
自分でも驚いた。
そうか。この蟠りは外的な要因ではなく、自分が自分の気持を素直に伝えられなかった内的な要因によるものだったのか。
雄介くんははにかみながらニッコリ笑って「ありがとうございます」と小さな声で呟いた。
「何にしましょうか…」
雄介くんがカゴを持ち、私はその隣を歩きながらぶらぶらと店内を物色する。まだ早く見切りの品も少ない。
「そう言えば、貴文さんって苦手な物とかあるんですか?」
「え?うーん…パッと思い浮かばないな。そういう雄介くんは?」
「僕は苦みの強いものが苦手です。珈琲は大丈夫なんですけど、食べ物がちょっと…サザエの肝とか」
「はははっ、滅多に食べないだろうけど。成る程ね。あっ、じゃぁ前食べたタラの芽の天ぷらとかも?」
「あ。……はい、あんまり得意じゃなかったです」
「無理させてたんだね、ごめん」
「いえ、食べられない程じゃなかったので」
雄介くんは慌てて手を振った。
今まで色々な話をしてきたように感じていたが、実際まだお互いについて知らない事が沢山ありそうだった。
「逆にさ、雄介くんて卵料理好きだよね」
「えっ、気にしたこと無かったけど…確かにそうかも知れません。いつも実家で食べるのもオムライスだし」
「店の?」
「はい、昔から父が作ってくれるオムライスが大好きで」
「へぇ!どんなオムライスなの?」
「えっ、めちゃくちゃ普通ですよ。卵は固めの焼き加減で、中のチキンライスには玉ねぎと鶏肉が沢山入ってて、上にはケチャップがかかってます」
「いいねぇ、昔ながらの王道オムライスじゃないか。…食べてみたいなぁ」
「えっ」
雄介くんの表情が一瞬固まった。
しまった、ついうっかり口走ってしまった。
「ごめん…」
「いや…貴文さんが食べたいなら」
雄介くんは少し考えてから、ニコリと笑った。
「いや、あの、無理しなくていいから…」
「無理じゃありませんよ。近い将来、父のオムライスは店で食べられなくなるので僕も今のうちに食べられるだけ食べておきたいですし」
ハッとした。
少し寂しそうに笑う彼の表情から、今日何故彼が実家に行かなければならなかったのか察しがついてしまったからだ。
「…ごめん」
「何で貴文さんが謝るんですか」
彼は殊更明るく振る舞ったが、それが逆に私の胸をギュッと締め付けた。
「ね、リクエストしていい?」
「勿論!」
雄介くんは嬉しそうに微笑むと、「何が食べたいですか?」と聞いてくる。
「雄介くんの好きなもの」
「えぇ?!」
「話してて気付いたんだけど、意外に雄介くんの事知らないなと思って。だから…」
「だめかな?」と微笑むと、「もぅ…」と拗ねながらも「分かりました」とリクエストを聞き入れてくれた。
「でも僕が作れる範囲の僕の好きなものなんて、人に振る舞えるような料理じゃないですよ?」
「うん」
雄介くんには申し訳ないが、私は楽しみで仕方なかった。餃子は以前好きだと聞いた事があるが、彼は一体何が好きなんだろう…。興味津々で雄介くんが買い物カゴに入れていく食材を見る。
(レタス、ツナ缶、そして卵か…)
「貴文さん、腹減ってます?」
「起きてから何にも食べてないから、そこそこ空いてる」
「分かりました」と言うと、雄介くんは更に追加でカゴにどんどん食材を入れていく。
(玉ねぎ、ピーマン、人参、ウインナーにパスタ…)
「もしかして、ナポリタン?」
「へへっ、正解です」
「じゃぁ、レタス、ツナ缶、卵はサラダにするの?」
「違いまーす」
「えっ、何だろう…」
話をしている内にレジに着いた。
「あっ!加藤さん!…と、永井さん?でしたっけ」
真中さんだ。
いけないと思いつつ、少し前のやり取りを思い出し心の中で身構えた。
「今日も一緒に買い物ですか?」
「今日も、ってまだ2回目だよ?」
雄介くんが落ち着いて返す。二人のやり取りを、私は無言で見守っていた。
「ていうか、加藤さん何かいいことありました?」
「え?何で?」
「昨日までと顔が全然違う気がします」
(よく見てるんだな…)
内心感心してしまった。
「ん?何?」
雄介くんがチラリとこちらを見る。
「いえ…」
そして改めて彼女の方を向くと「いいことあったよ」と隠しもせず堂々と微笑んだ。
「……っ!」
彼女は顔を赤くして私の方を見る。
「僕が出すから、雄介くん袋詰めお願い」
「でも…」
「いいから」
半ば無理矢理、雄介くんに荷詰め台に移動してもらった。レジには真中さんと私の2人だけ。会計を済ませながら、私は落ち着いて真中さんに伝えた。
「この前はごめんね。加藤くん、ちょっと悩みがあったみたいで、僕が相談に乗ってたんだ」
「あ……そうなんですね」
「詳しい内容は言えないんだけど…。何とか解決しそうだから、もう大丈夫みたいだよ」
「分かりました…」
真中さんは少し悔しそうな表情をしたがそれ以上は何も言わず、私はレジを後にした。
「真中さんと何か話してたんですか?」
「いや、別に。荷詰めありがとう」
「あ、はい…」
「行こうか」と声をかけエコバッグを持つと私達は歩き出した。
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