第三十夜∶ツナとレタスの卵炒め

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「お邪魔します」 エアコンが点けっぱなしのままだったため、部屋の中はひんやりと涼しかった。さほど低い温度ではないのだが、そこそこ汗をかいていていたため汗で濡れたシャツが冷たく感じ、鳥肌が立った。 「良かったらシャワーどうぞ」 手洗いを終えキッチンで買ったものをエコバッグから出しながら、雄介くんが声をかけてくれた。 彼のシャツも汗で濡れている。 「ありがとう。雄介くんもシャワーしなよ」 「え!いや、大丈夫です!あ…汗くさい、ですかね…」 「違う違う」 私は慌てて手を振った。 「汗が冷えて風邪ひくといけないからさ」 「ほら、いつかの僕みたいに」と苦笑いする私に、雄介くんは「じゃぁ、お言葉に甘えて、貴文さんの後に…」と応えてくれた。 「貴文さんが出てくるまで下準備しておきますね」 「ありがとう」 私は自分と雄介くんの二人分の着替えを用意すると先にシャワーを浴びた。 「お先に」 「はーい」 頭を拭きながらシャワーから出てくると、食材が全て切り終わった状態で2枚の皿に分けて乗せられていた。 「何かやっとくことある?」 「今日は僕がやるから、貴文さんはゆっくりしてて下さい」 「うーん…何か手伝いたいな」 「じゃぁ…パスタを茹でておいてもらっていいですか?」 「了解!ゆっくりいっておいで。あ、インナーは前に雄介くんが使ってから僕は使ってないやつだからね」 「ふふ、ありがとうございます」 雄介くんがシャワーに行ってから、一番大きな鍋に湯を沸かす。 (パスタの茹で時間は…12分か) グラグラと湧いたお湯に、パスタをダイブさせる。そう言えば私自身はあまりパスタを食べない。決して嫌いな訳では無いのだが、随分久しぶりな気がする。 (待ち時間が暇だな…) 今のうちに洗濯機を回してしまおうか。雄介くんのもついでに洗って干せば、帰る頃には乾くだろう。普段から効率重視のためついつい出来ることは済ませたくなってしまう。 風呂場の前には先程まで雄介くんが着ていた服が畳んで置かれていた。それと自分が着ていた服を洗濯機に放り込むと、洗剤を入れボタンを押す。ヴィーン…と音をたてて洗濯機が回りだした。 ―ピピッピピッ タイマーが鳴り、パスタの茹で上がりを知らせる。 顔に絡みつく湯気に眉を顰めながら私は麺をザルにあげた。 「シャワーありがとうございました。あの、僕の服は…」 「あっ、ごめん。今洗濯して干したら帰るまでに乾くかなと思って洗濯してる」 「えっ!?すみません!」 驚いてから申し訳なさそうな顔をする雄介くんに「僕が勝手にやったから気にしないで」と声をかけた。 「パスタありがとうございます」 「うん、今ちょうど茹だったとこ」 「じゃぁ後は僕がやるので座ってて下さいね」 「邪魔にならない所にいるから、見ててもいい?」 「はい、いいですよ」 そう言うと、雄介くんは調理に入った。 私は少し斜め後ろに下がり、調理の様子を伺った。 (ナポリタンは分かるけど…ツナとレタスと卵はどう調理するんだ…?) 雄介くんはまずフライパンを取り出すと、サラダ油をしいてレタスとツナを軽く炒める。レタスが少しシナっとなった所で溶き卵を入れ、半熟になった所で火を止めた。皿に盛り、仕上げにブラックペッパーを振ったら完成だ。 「レタス、炒めるんだ…!」 驚く私に、雄介くんは軽く頷いた。 「母がよく喫茶の残りのツナとレタスで作ってくれたんです。レタスが甘くなってツナの塩気といい塩梅になるんですよ」 「成る程ね」 子どもの頃に食べたそうだが、これはツマミにも良さそうだ。雄介くんから皿を受け取りローテーブルに運ぶと、彼はフライパンを軽く流しナポリタンに取り掛かった。 再びサラダ油をしくと、ピーマン、玉ねぎ、人参、ウインナーを炒める。 ―ピーッピーッ 洗濯が終ったようだ。 最後まで調理を見ていたかったが、早く干さねば服が乾かない。私は洗濯物を干すためキッチンを離れた。 「できました!」 「ありがとう、こっちも丁度終わったよ」 「ありがとうございます」 洗濯物を干し終えてベランダから部屋に入ると、部屋中に良い香りがたちこめていた。ローテーブルの上には、雄介くんが作ってくれたレタスとツナと卵の炒め物とナポリタンが美味しそうな湯気をたてている。 「雄介くんは飲む?」 冷蔵庫を開きながら聞くと、彼は首を横に振ったのでビールを1本だけ取り出しローテーブルの前に座った。 「「いただきます」」 先ずは卵とレタスとツナの炒め物から。レタスを加熱して食べるのは初めてだ。私が口に運ぶのを、雄介くんが心配そうに見詰める。 「ん!レタスって炒めるとこうなるのか…美味しいね」 「良かったぁ」 正直ちょっと驚いた。 加熱したレタスには甘みが加わり、雄介くんの言った通りツナの塩気と合わさって甘じょっぱくなる。そこにブラックペッパーのピリリとした刺激が加わりビールに良く合う。クタクタになったように見えたレタスにも食感がちゃんとあり、フワフワな卵との食感の違いが面白い。 「ツマミになるように、ちょっとだけ卵にお醤油入れました。サンドイッチが喫茶のメニューにあるので、レタスとツナと卵、ハムとかキュウリ、トマトなんかは常に冷蔵庫にありましたね」 懐かしそうに話ながら雄介くんも炒め物を口にする。 「成る程ね。じゃぁ、もしかしてこれも?」 「はい、ナポリタンもメニューにあります。オムライスの次に好きなメニューです。オムライスは好きすぎて自分で作ろうとは思えないんですが、ナポリタンくらいなら自分で作ればいつでも食べれると思って。直接教えてもらった訳じゃないから、なんちゃってなんですけど…」 喫茶店のナポリタンか。 そのエピソードだけでもう美味そうじゃないか。私はフォークでクルクルと麺を巻き上げ、具材と共に口に運んだ。 「ん!」 「どうですか?」 「おいひぃ」 口いっぱいに頬張ってしまったため、口元を手で覆った。雄介くんの実家の店の味を知ってる訳ではないのだが、店で出されても遜色ないクオリティだと思った。 ケチャップが絡み付いたむっちりした太麺は味がしっかりしており、深みがある。そこにウインナーの旨味がプラスされ、ピーマン、玉ねぎ、人参が食感にアクセントを加えている。そんじょそこらの店で食べるよりはるかに美味かった。 しっかり味がついているため、ビールにもよく合う。 「美味しそうに食べてもらえて嬉しいです」 ニコニコしながら彼もナポリタンを口に運ぶ。 「何かコツがあるの?こんな美味しいナポリタン初めて食べた」 「コツ、ですか…?父が店で作る時も母が家で作る時も殆ど同じ作り方だったから、一般的な作り方との違いが分からなくて」 「これが食べたくなったら、呼んでください」と悪戯っぽく笑った。冗談だとは思ったが、私は大真面目に頷いた。 「どうしたの、あまり食欲ない?」 雄介くんの箸の進みが心なしかゆっくりな気がする。やはり疲れていたのだろうか…私は心配になり声をかけた。 「いえ、違うんです。何かちょっと、胸がいっぱいで…」 「……?」 「またこうやって一緒にご飯食べれて、嬉しいなぁって…」 確かに。 前回家に来て私が作った料理を一緒に食べたのが最後だった。実際はさほど間は空いていない筈なのだが、お互い気持ちが落ち着かなかったせいか酷く久しぶりに感じる。 「僕も嬉しいよ。雄介くんと一緒に食べると、同じ料理でも余計美味しく感じる」 すると彼は「ありがとうございます」とこの日一番の笑顔を見せた。 「これからも宜しくお願いします、貴文さん」 「こちらこそ」 相手の気持は分からない。 だから、口にしなければ想いは伝わらない。 しかし、全てを知れる訳じゃない。 だから悩んだり、苦しんだりする。 でもそれ以上に、一緒にいると 幸せな気持をもたらしてくれるものでもある。 これほど「親しい友人」は初めてかも知れない……
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