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休肝日∶ナポリタン
神様って、本当にいるのかも知れない。
実家からの帰り、最寄り駅の改札口で見たのは今一番会いたい人だった。今日は平日だし、夕方と言えどまだ少し早い時間帯だし、場所は駅前だし……偶然にしては出来すぎていると思った。
でも、目の前に貴文さんがいるのは事実で。
今の今妹と話をしてきたばかりだった僕は単純に喜べず、寧ろ動揺した。
これは神様のイタズラか
それとも神様がくれたチャンスか
試されているのは自分の度胸で、自分がどうしようと世の中は変わらず回り続け、自分の行動によって変わるのは自分の未来だけだ。
そう思ったら、「少しお話しませんか?」と言葉が出ていた。
話して、そして伝えよう。
僕の気持を。
午後4時。
アスファルトが強い陽射しを跳ね返してジリジリと焼けるように暑く、少し動くだけで汗が吹き出した。
「暑いね」
「はい」
「…で、話って?」
「えっと…」
顔が正面から見えない為多少マシだが、それでも緊張した。言葉が出てくるまで少し時間がかかったが、貴文さんは焦らさずに待ってくれた。
「前に、彼女がいないって相談したじゃないですか?」
「うん」
「折角情報?を下さったんですけど、やっぱり今はもう、本当に彼女とかいらなくて…。あの、貴文さんみたいになりたいなって」
「えっ、僕みたいに?」
嫌われたくない一心で本当に伝えたい言葉が出てこなかった。違う。そうじゃない。
「えーっと…」
「あっ、ごめん。別に否定する訳では…」
「貴文さんと、一緒にいたいなって」
「え…?」
言った。
横断歩道に差し掛かり、信号が丁度赤になる。
立ち止まると貴文さんがこちらをまじまじと見たので、慌てて手を振った。
「いや!あの!決してそういうのではなく……彼女とか作って彼女と過ごすより、貴文さんと居たほうが楽しいなぁ…と」
愛情より、友情…と、そう受け取って貰えただろうか?
「それであの時ムキになった事を、ずっと引きずってたって事?」
「……はい。本当にごめんなさい」
「いや、僕の方こそ雄介くんの気持ちも知らずにあんな事言ってごめんね」
信号が青に変わり、僕達は再び歩き出した。
とりあえず緊張感が少し和らぎ、僕は言葉を続けた。
「あの、だから…その…
貴文さんがいいなら、今まで通り、一緒にご飯行ったり遊びに行ったりしたい、です…」
お願い、どうか拒否しないで…!
「勿論」
「本当ですか……!嬉しい…ありがとうございます!」
必死に笑顔を作ったが、本当は嬉しくて泣きそうだった。
視線の先に捉えた、スーパーはもう目の前だった。だけどもう少し一緒にいたくて、夕飯を作りに行きたいと無理を承知でお願いすると、貴文さんは少し躊躇ったけど首を縦に振ってくれた。
昨日まで出張だったから疲れてるだろうし、作ったら僕は帰るつもりでカゴを持つと店内に足を踏み入れた。
「あ!待って…!」
いきなり手を掴まれ、驚いて振り向く。
「貴文さん?」
「あの……さ、一緒に食べようよ」
「えっ…いいんですか?」
駄目、きっと疲れてるから僕は帰らないと。
頭では分かっていたけれど、今まで見た事のないような少し焦った貴文さんの顔を見たら「帰ります」とは言えなかった。
「久しぶりに、一緒に食べたいな」
「迷惑じゃないなら…」
そう言うと、僕の手を握る貴文さんの手にグッと力がこもった。
「迷惑じゃないならって、よく言うよね。何で?雄介くんと一緒にいるのは僕の意思でもあるんだよ?」
それは、一緒にいたいと思っているのは僕だけじゃないと言う事でいいのだろうか。
分かってる……
「友人」として一緒にいたいという意味だと。
それでも、それは今の僕にとってまさに「救いの言葉」だった。
「ありがとうございます」
そう、言葉にするのが精一杯だった。
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