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第三十三夜∶プリン
翌日。
昨日は本当に台風が来たのだろうかと思うような、
雲一つない晴天。まさに秋晴れだった。
今日は仕事がスムーズに行き、定時に退社。
私はその足で急いでスーパーに向かった。
(何事も無いといいんだけど…)
私は昨日のラインのメッセージが引っ掛かって仕方がなかった。
スーパーに着くと、丁度入口で真中さんが買い物カゴを補充している所だった。
「こんばんは」
「あっ!永井さん!」
一応顔見知りになったので挨拶すると、私の顔を見るなり真中さんがカゴを持ったまま、ズンズンと近付いてきた。
「は、はい…永井です…どうかしたの?」
勢いに押されて半歩後退すると、真中さんはちょっと躊躇ってから口を開いた。
「加藤さん、熱出しちゃったみたいでお休みなんですよ…」
「えっ!」
昨日の違和感はそれだったのか。
私はあの時電話しなかったのを後悔した。電話して状況を知っていれば、何か手伝う事ができたかも知れないのに…。
「友達なのに知らなかったんですか?
まぁいいですけど…私も今日シフト入って無かったんですが、加藤さんが休みになったから急に頼まれて。本当は加藤さんの看病をしてあげたいのに、行けないんです。永井さん、友達なんですよね?!加藤さんの看病、行ってあげてくれませんか?」
相変わらず言葉に棘はあるものの、情報を提供してくれたのは有り難かった。状況を把握した私は、真中さんに頼まれなくても雄介くんの所に行くつもりだった。以前私が熱を出した時、彼はわざわざ来てくれた。
今度は、私が。
「分かった。教えてくれてありがとう」
そう言うとカゴを持ち、必要そうな物を思い付く限りカゴに入れレジを済ませると、足早に雄介くんのアパートに向かった。
―ピンポーン
急ぐあまり連絡もせず来てしまったが、もしかしたら寝ているかも知れない。もし寝ていたらドアノブに買った物をかけて…
―ガチャ
「……え?貴文さん?」
額に冷えピタを貼り、上下スウェット姿の雄介くんがドアを開けてくれた。私の顔を見てキョトンとしている。
「連絡もせずいきなり来ちゃってごめんね。スーパーに行ったら、真中さんから雄介くんが熱で休んでるって聞いて…何か手伝えたらなと思って」
「すみません、わざわざ…」
迎え入れてくれた彼は顔が赤く眠たそうな目をしている。恐らくまだ熱があるのだろう。
中に入ると、雄介くんは改めて私に向き直った。気を遣わせてはいけないと思い私はすぐに声をかける。
「まだ熱もありそうだし、気にせず寝てて。お腹は空いてる?」
「少し…でもあんまり食欲ないです」
「分かった。薬は?」
「朝飲んでそれきりです…ずっと寝てて」
「了解。…これ、洗濯しちゃっていい?」
「はい、すみません…」
洗濯機の中にはまだ洗えていない洗濯物が沢山入っていた。恐らく汗で濡れて着替えたりしたのだろう。私は洗濯機を回している間、買ってきた栄養ゼリーやプリンなどを冷蔵庫にしまった。そして冷たいスポーツドリンクを雄介くんの枕元に置く。彼はうっすら目を開けて私を見た。
「迷惑かけてすみません…」
「うんん。僕も熱を出した時雄介くんに助けられたから、今度は僕が助ける番だよ」
そう言って安心させるように微笑むと、雄介くんが私の手に触れた。
「まだ熱いね…辛い?」
身体が弱っている時、甘えたくなる気持ちはよく分かる。私はそっとその手を握り返した。
手は熱く、薬が効いているのか心配になる。
「朝より楽です。まだ熱はありますけど…。うつしちゃったら、ごめんなさい」
「ジム行ってるし、体力には自信あるから大丈夫だよ」
そう言うと、彼は力無く微笑んだ。
「薬飲まなきゃね。食べられそうなら何か口にしてからの方がいい。ゼリー、プリン、ヨーグルト…もっと食べられそうなら何か作るけど」
「プリン食べたい…」
「分かった」
私は冷蔵庫からプリンを出して蓋を開けると、スプーンと共に雄介くんの元へ運んだ。ゆっくり上半身を起こして完全に座ったのを確認して、プリンとスプーンを渡す。
―ピーッピーッ
洗濯が終わったようだ。私は「洗濯物干してくるね」と声をかけるとその場を離れた。
(良かった…)
洗濯物を干し終わって戻ってくると枕元に空のプリン容器があり、薬も飲んだ様子があった。後は薬が効いてくれる事を祈るばかりだ。
空のプリン容器を回収しようと手を伸ばすと、雄介くんが薄っすら目を開けた。
「ごめん、起こしちゃった?」
「いえ…」
「他に何か手伝えそうな事ある?」
「…大丈夫です、ありがとうございます」
そして、再び彼は目を閉じた
……私の、手に触れて。
ふ、と私の口から声にならない笑みが洩れた。
回収しようとしていたプリン容器を戻し、その場に座ると彼の手をそっと握り返す。すると、目を閉じたまま雄介くんは口元だけで穏やかに微笑んだ。
そして、そのまま私も目を閉じる。
握った手から伝わる、少し高めの体温と
呼吸音だけが聞こえる静かな部屋
…ただそれだけだけだったが
私はひどく満ち足りた気持ちだった
今ここにあるものが、全てだと思う程に。
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