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休肝日∶オムライス、再び
先日、熱を出してしまった僕の元に貴文さんが看病に来てくれた。結局貴文さんは朝まで居てくれて、熱が下がったのを確認してから帰っていった。
帰り際、「仕事があるのにごめんなさい」と謝る僕に、「元気になって良かった」と嫌な顔一つせず微笑みかけてくれて…胸がいっぱいになった。
(……どうしよう)
気持を自覚してからも、どんどん好きになっていく。
しかしあくまで「友人」で。
それ以上を望むことはできなくて。
一晩中握っていた手を、ギュッと握り締めた。
(何かお礼がしたいな…そうだ!)
前に実家のオムライスが食べてみたいと言っていた事を思い出し、ランチに誘う事を思い付いた。
僕はラインを開くと、貴文さん宛にメッセージを作成した。
(お礼って言うと遠慮しそうだから…)
『お疲れ様です。
今度僕の実家の店にランチに行きませんか?』
うん、シンプルだけどこれでいい。
僕は気持を乗せて送信ボタンを押した。
「今日はお誘いありがとう」
「いえ!こちらこそ先日はありがとうございました!」
ランチに誘うと、貴文さんは2つ返事でOKしてくれた。何回かやり取りをして日にちを合わせ、ランチ当日。昼に駅で待ち合わせをした僕達は電車に乗り込んだ。
以前貴文さんの事を相談した妹には、事前に連絡してある。妹に連絡すれば、必然的に母の耳にも入る事になるだろう。妹から、ランチタイムを少しズラして来るよう言われたので貴文さんに話をし、少し遅めのランチにしてもらった。
実家の最寄り駅に向かう電車に揺られながら何気無く外の景色を眺めていると、貴文さんが「あ」と小さく声を上げた。
「どうかしました?」
「今日運動会なのかな…」
指差す先を目で追うと、小学校らしき建物の合間からカラフルな国旗が連なっているのが遠目にチラリと見えた。
「本当だ!秋ですもんね…貴文さんは運動得意でした?」
「うーん…得意って程ではなかったかな。
人並みだよ。雄介くんは?」
「得意と言えるかは分かりませんが、好きでした。
だから運動会は楽しみでしたね」
「僕は運動会の時は競技より弁当が楽しみだったな…」
「ふふっ、昔から食いしん坊だったんですね」
思わず僕が笑うと、「否定はしないよ」と貴文さんは苦笑いした。
「運動会の弁当か…家は店があったから、いつも妹と二人で弁当食べてましたね」
「あ…そうなんだ」
「あ、もう昔の事だから気にしないで下さいね?
それに僕達にとってはそれが普通だったので」
「うん…」
(しまった…)
貴文さんの微妙な表情の変化に、言ってしまってから少しだけ後悔した。
「お弁当のおかず、何が好きでした?」
少ししんみりしてしまった空気を変えたくて、殊更明るく話を振る。
「うーん…アスパラのベーコン巻きかな」
「あ、肉巻きじゃないんですね」
「うん、家はベーコン巻きだった」
肉じゃがに入れるのは牛肉か豚肉かとか、卵焼きは甘いか塩っぱいかなんかと同じように、家庭によって違う「お袋の味」。因みに僕の家はアスパラの肉巻きだった。
「雄介くんの好きなおかずは…待って、当てるから。
……卵焼き!」
「正解!」
「やっぱり卵好きなんだね」
そう言って笑う貴文さんにつられて、僕も自然と笑みが溢れた。
『ご乗車ありがとうございます。次は……』
電車の車内アナウンスが聞こえた。
次が降りる駅だ。話していたらあっという間だった。
駅から実家の店まではゆっくり歩いて10分くらい。
僕達は電車を降り、昼下りの街をゆっくりと歩き出した。
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