休肝日∶オムライス、再び

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―シャランシャラン 「いらっしゃいませー」 普段より1オクターブ高い声で母が出迎えてくれた。店内の客はふた組程で、老夫婦が窓側のテーブル席に、男性の一人客がドアに近いテーブル席に座っていた。 「お帰り、雄介」 「ただいま」 いつも(ここ)に来た時に座るテーブル席に座ると、母が水とお絞りを持ってきてくれた。 「そちらの方は…」 「友達だよ」 「あらそう!」 年齢的に「友達」には見えなかったのか、母は少しだけ驚いたが、すぐに笑顔になると「雄介の母です。雄介がいつもお世話になってます」と挨拶した。どうやら妹は貴文さんが一緒だとは伝えていなかったらしい。 「初めまして、永井と申します」 貴文さんはニコリと笑い、頭を下げた。 母は僕に向き直ると「雄介はいつものでいい?」と聞いてきたので頷いた。 「オムライス、2つお願い」 「あら、永井さんもオムライスでいいの?」 「うん、うちのオムライスを食べてみたいんだって」 チラリと母が貴文さんの方を見ると、貴文さんは笑顔で「お願いします」と返した。 「了解。オムライス2つ!」 厨房に向かって声をかけると、「ゆっくりしていって下さいね」とテーブル席を離れていった。 貴文さんは一通り店内を見回すと「素敵なお店だね」と褒めてくれた。 「お母さんも優しそうな方だし…雄介くんはお母さん似?」 「うーん…どうかな?昔は母親に似てると言われる事の方が多かったですが」 母親に似ているだけでなく、女の子に間違えられ妹と姉妹だと思われる事が度々あった。逆に妹は父親似と言われる事が多かったが、男の子に間違われた事はない。 「父親は滅多に外に出なかったので、比べようが無かったのかも知れません。貴文さんはどちら似なんですか?」 「確かに、見なければ比べようがないもんね。僕は…両親より、父方の祖父に似てるとよく身内から言われたよ」 「えっ!おじいちゃんですか?!」 「うん」 意外な返答に目を丸くする。 そして口を開きかけた時だった。 「はーい!オムライス、お待たせしましたー!」 母が真っ白な大皿に乗せられたオムライスをドン、と僕達の前に置いた。 「あれ?唐揚げ?」 いつも乗っているのはオムライスだけなのだが、今日は皿の端に2つ程唐揚げが乗っている。驚いて母の顔を見ると、ニッコリ笑って「オマケ」と言った。 「ありがとう」 「ありがとうございます」 「いいえー、これからも雄介と仲良くしてやって下さいね!」 「ちょ、母さん…」 もう子どもじゃないんだからそんな事言わなくても…そう思ったが、貴文さんは笑顔で「はい」と答えるものだから、僕は思わずどぎまぎしてしまった。 「どうしたの?」 「何でもないです…!冷めない内に食べましょ?」 「うん」 「「いただきます」」 スプーンを手に取り、パクリと一口。 チラリと貴文さんの様子を覗うと、目を閉じ味わうようにゆっくり咀嚼していた。 「どうですか?」 「とても美味しいよ」 目を開きふわりと笑った。その微笑みに、胸がギュッとなる。 「卵はしっかりめに焼いてあるけどしっとりしてるし、中のチキンライスも具だくさんで食べごたえがある。こんなに美味しいオムライスは初めて食べたよ」 「ありがとうございます」 話しながらもスプーンが止まらない貴文さんの様子に、よほど気に入った事が伺える。 僕が幼い頃からずっと慣れ親しんできたオムライス。それを知って貰えて、そして気に入ってもらえた事が嬉しい。 改めて口にしたオムライスは、何故かいつもより美味しく感じた。好きな人と一緒に食べる事ができた今日のこの味を、僕はきっと一生忘れないだろう…。 「唐揚げも、しっとりしていて美味しいね」 「ふふふ…これ、ムネ肉なんですよ」 「えっ!」 オマケで貰った唐揚げも人気メニューだった。 一般的にモモ肉を使う事が多い唐揚げだが、うちの店では昔からムネ肉を使っている。しかし柔らかくジューシーで食べごたえがあり、大抵の人はムネ肉を使っている事が分かると驚くのだ。 「詳しい事は伝えられないんですけど、調理工程で柔らかくなるようにしてるんです」 「へぇ…これは驚いた…!」 貴文さんは唐揚げを箸で持つと、まじまじと見ていた。 「うちの料理、気に入ってくれました?」 声の方を向くと、レジで伝票をまとめながら母がニコニコしてこちらを見ていた。 「はい!とても美味しいです」と貴文さんがにこやかに答えると、母は「ありがとう」と嬉しそうだった。 ―シャランシャラン 「ただいまー!あっ、お兄ちゃんと永井さん!いらっしゃい」 「あ、どうもお邪魔してます」 店のドアが開いて入ってきたのは妹の沙織だった。ふっくらしたお腹を片手で支え、反対側の肩にエコバッグをかけている。レジにいた母が妹に駆け寄り、妹からエコバッグを受け取った。 「助かったわぁー、ありがとう!」 どうやら妹に店のお遣いを頼んでいたようだ。 「ちょっ…!母さん、妊婦にこんな買い物なんか頼んで…」 僕は思わず立ち上がり母の方を見た。驚く母と僕の間に割って入るように妹が軽く僕を手で制した。 「安定期だし、大丈夫だよ。妊婦は病人じゃないから。それに、動かないと食べ過ぎで太っちゃって私にも赤ちゃんにも良くないの。心配してくれてありがと」 「そうなの?ごめん、母さん…」 毒気を抜かれたように力なく座ると、「仕方ないよね、雄介には分からないだろうから…」と母は苦笑いした。 「永井さん、うちのオムライスどうでした?」 妹が前のめりになって聞くと、貴文さんは残り少なくなったオムライスに視線を落としてから「とても美味しいですね」と微笑んだ。 「でしょう?」 妹は嬉しそうに言うと、「お兄ちゃん、子どもの頃はこれとナポリタンばっかり食べてたんですよ!」と僕の幼少期の話をし始めたので僕は慌てて手で制した。 「違…っ!確かに好きだったけど、それはちょっと言い過ぎだろ?」 「えーっ?母さんにリクエスト聞かれると、絶対どっちかしか言わなかったじゃない」 妹とのしょうもない言い合いを貴文さんは楽しそうに見ていたが、フッと思い出したように口を開いた。 「そう言えば、ナポリタンなら先日雄介くんが作ってくれましたよ」 「「えーっ?!」」 これには母も驚いて、妹と二人して驚きの声を上げる。店内にいる客が僕達の方を見たので、僕は思わず縮こまった。 「どうでした?!」 僕が言葉を発する前に、妹が目をキラキラさせて貴文さんを見る。もう本当、勘弁してくれ…… オムライスと唐揚げを全て綺麗に平らげた貴文さんは、スプーンを置くと顔を上げた。 「今まで食べた中で一番美味しいナポリタンでした」 「……!」 「た、貴文さん…」 僕と、そして妹までもが赤面しそうなほど優しげな笑顔で貴文さんはそう言った。妹は僕の方を見て「ご馳走さま」とニヤリ笑うと、貴文さんに向き直った。 「お兄ちゃん、こんな感じですけど、昔から面倒見もいいし、色々な事を全部独りで抱え込んじゃう頑張り屋さんなんです。面倒臭い性格だと思うんですけど……これからも仲良くしてくれますか?」 「ちょ、沙織…」 僕はそう言いつつ、反応が気になりチラリと貴文さんの方を見た。 「勿論です」 短い一言だったが、そう言って僕を見る目の真摯な眼差しに息を呑んだ。その様子を見た妹は満足げな顔で「ありがとうございます」と微笑んだ。
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