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「食後に珈琲はいかが?」
空になった皿をさげながら母が声をかけてくれたので、僕達は珈琲をいただく事にした。
「お待たせしました。こんにちは!」
「あ、こんにちは。お邪魔してます」
珈琲を持ってきてくれたのは良典だった。貴文さんを見て微笑むと、僕に向かって「ゆーくんが友達連れてきたって言うからさ」とニヤリ笑う。
「貴文さんは見せ物じゃないんだぞ?」
呆れた。
まったく、人の友達に干渉してくるなんて…うちの人達はどこまで人懐こくて図々しいのやら。
ブツブツと口内で文句を言いながら珈琲に口をつける。先に珈琲を口にした貴文さんが驚いたような表情をしていた。
「どうしました?」
「これ…前に譲ってくれたのと同じ珈琲豆なんだよね?」
「え?はい」
「何か味と香りが違う気がする…美味しい」
すると僕が口を開くより先に、良典が得意そうな顔で「プロがたてた珈琲ですからね」と永井さんに向かって言う。
「同じ豆でも、ドリップの仕方やお湯の温度で味が変わるんですよ」
「そうなんだ…!勉強になります」
「…て、珈琲たてたの母さんだろ?」
すると良典は「エヘへ」と笑った。
「そうだよ。俺は料理担当だから。でも、ママさんの珈琲は特別美味しいからね。褒められると嬉しくなってつい」
「やだわぁ、プロなんて。毎日同じようにたててるだけよ?」
いつの間にか客が居なくなったテーブルを片付けながら、母が満更でもなさそうに言った。
「いや、でも本当に美味しいです」と永井さん。
「ありがとうございます。…あ!よしくん、沙織が焼いてくれたあれ、まだあったでしょ?出してあげて」
「ああ!分かりました!」
「……?」
良典はにっこり笑うと一度喫茶の奥に引っ込み、戻ってきた時には木製の小皿を手にしていた。
「これ、さーちゃんが焼いたクッキー。良かったらどうぞ」
お菓子作りは苦手と言っていたくせに、いつの間にクッキーなんて焼くようになったんだ、と内心で突っ込みながらも、その見た目から相当練習したであろうことが窺えた。
「へぇ…!綺麗に焼けてるじゃん」
「美味しそうだね」
「食べてみて。味も抜群にいいから」
お惚気ご馳走様。
クッキーを1枚口にし、僕は驚いた。
「これ本当に沙織が焼いたの?!めちゃくちゃ美味しいんだけど」
「程よい甘さで食感もいいですね…!美味しい」
貴文さんも美味しそうに食べている。良典は「でしょー?」と嬉しそうに笑った。
「長い時間の立ち仕事は身体に負担がかかるから店はお休み中なんだけど、その間に何かできる事は無いかってお菓子作り始めたんだよ。上手くいけば店でお茶菓子として出せるし、子どもにも手作りオヤツを食べさせてあげられるだろ?」
「あいつなりに考えてるんだな…」
僕は頷きながら二枚目のクッキーを口にした。
ふと、また一人取り残されているような感覚に陥り、無意識に珈琲カップを握る手に力がこもる。
「よしくん!ちょっと手伝ってー!」
「はーい!今行きます」
母に呼ばれ「じゃ、ごゆっくり」と言うと良典は厨房の方に戻っていった。
「素敵なご家族だね…とても、温かい雰囲気」
「えっ、騒々しくなかったですか?」
苦笑いしながら言うと、貴文さんは頭を横に振った。
「うんん、家はこんな感じじゃなかったから寧ろ楽しいよ。連れてきてくれてありがとう」
『家はこんな感じじゃない』
そう言う表情が何処か寂しそうに感じたが、家庭事情に深く突っ込む事もできず僕は小さく頷いた。
「こういう家庭で育ったから、雄介くんの雰囲気にはあたたかみがあるんだろうね…」
「あたたかみがある、ですか…初めて言われました」
目をパチクリさせる僕に、貴文さんは微かに微笑んだ。
「ご馳走様でした」
「ご馳走です。ありがとうございました」
会計を済ませると、母は「また是非いらして下さい」と微笑んだ。僕は貴文さんに、「ちょっと待ってて下さいね」と声をかけると厨房に顔を出す。
「ありがとうございました」
作業する父に声をかけると、父は僕を一瞥し「ああ」と一言だけ返し作業に戻ってしまった。たまたまなのか良典はおらず声をかけることができないまま、貴文さんが待つレジ前へと戻る。
「お待たせしました」
「お父さん?」
「はい」
「僕も挨拶した方が良かったかな?」
「えっ?!いや、厨房にいるので…」
「あ、そうか」
一瞬、ドキリとした。
会わせたくない訳では無いのだが、いくら自分の友達と言えど客を厨房に入れる訳にはいかなかった。
(それに、父にまで挨拶するって何だか…)
妙に意識してしまうのは、きっと自分が貴文さんを「そうやって」見てしまっているからだろう。僕は軽く頭を振った。
「行きましょう」
僕達は店を後にした。
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