第三十五夜∶鯖缶のネギ和え

2/2

264人が本棚に入れています
本棚に追加
/99ページ
帰宅し、真っ先にテレビを点けた。 ニュースにチャンネルを合わせると、丁度スーパーでの事件を報道しており、私は食い入るように画面を見詰めた。 『今日午後16時頃、スーパーに刃物を持った男が押し入り、店内にいる客に襲いかかりました。近くにいた店員が助けに入り客に怪我は無かったとの事ですが、店員は軽傷を負い近くの病院で手当を受けているとの事です。警察は……』 (……良かった。命に別状は無さそうだ) 私は安心してヘナヘナとテレビの前に座り込んだ。 自分でも情けないくらいの慌てぶりだった。スマホを確認すると、メッセージの返信が来ている。画面を開き、メッセージを確認した。 『お疲れ様です。 心配してくれてありがとうございます。腕を少し傷めただけなので大丈夫です。手当ては終わって、さっきまで警察の事情聴取受けてました。今から帰ります』 雄介くんからの(じか)のメッセージに、思わず泣きそうになった。顔を見たかったが、恐らく疲れているだろうし、ご家族や会社の上司からも心配して連絡が来ているだろう。私はすぐにでも会いに行きたい気持をぐっと堪え、メッセージを返した。 『とにかく無事で本当に良かった。 怪我してて不便はない?何か手伝える事があったら遠慮なく言ってね。疲れてるだろうから、帰ったらゆっくり休んでね』 送信。 私もようやく気持ちが落ち着き、シャワーへと向かった。 「…どうしようかな」 シャワーから出た私はキッチンに立ち尽くした。 安心したら一気に空腹が押し寄せてきたが、心身共に疲れてしまい買い物に行く気力すらない。 私はキッチン下にある収納を開け、買い置きや非常食を漁った。 (チンするご飯に、乾パンに、ツナ缶に鯖缶……鯖缶!) ツナ缶ではボリュームに欠けるなぁと思った時、非常用に買ってあった鯖缶が目に入った。これならボリュームも確保できそうだ。 (冷蔵庫には何があったかな…) 流石に鯖缶だけでは栄養が偏る。私は冷蔵庫を開けた。中にはレギュラーのキュウリ、トマト、準レギュラーの玉ねぎ、人参、長ねぎ。鯖の水煮と合わせられそうなのは… (よし、長ねぎだ) 私は冷蔵庫から長ねぎを1本出すと、薄く(はす)に切っていく。鯖缶をボウルにあけ、そこに切ったネギを加え、ゴマ油、胡椒、(あればすり胡麻)を加え混ぜ和えたら完成だ。キュウリとトマトはそれぞれ切って、そのまま食べるつもりで皿に盛った。 ローテーブルに運び、冷蔵庫からビールを出す。 「いただきます」 ゴクリ、とビールを一口。 「ふぅ…」 缶を置き、暫く宙を見詰めた。 事件を知ってから雄介くんの無事を知るまでさほど時間は経っていなかったが、体感的にとても長く感じた。身体より、心が疲弊した時間だった。 「さて」 気を取り直して鯖のネギ和えに箸をつけた。 フワっとゴマ油とネギが香る。口に運べば、鯖の旨味が口に広がり、ネギのシャキシャキとした食感が心地良い。思わずご飯が欲しくなる旨さだった。 すかさずビールを流し込む。間に挟むキュウリとトマトが口をサッパリさせてくれる。 少しずつ腹が満たされ、心も落ち着いていく。 何か自分に手伝える事は無いか。 ぼんやりしていると、そればかり考えてしまう。今日は疲れているだろうし、明日連絡することにして、先ずは自分の腹を満たすことに集中した。
/99ページ

最初のコメントを投稿しよう!

264人が本棚に入れています
本棚に追加