第三十六夜∶親子丼

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第三十六夜∶親子丼

『おはよう。ちゃんと寝れた? 雄介くんの体調が良さそうなら、今日仕事終わってからちょっと寄らせてもらってもいいかな?』 事件翌日。 朝、出勤前に雄介くんにメッセージを送っておいた。腕の怪我の程度が分からなかったが、何かあれば手伝いたかったし、何より顔が見たかった。すぐに返事は来なかったが、昼休みには返信が返ってきていた。 『返事が遅くなってすみません。 ありがとうございます、さっきまで寝てました。 大丈夫ですよ!夕飯一緒に食べたいです』 『夕飯を一緒に食べたい』の最後の一文に、思わず 口元が緩んだ。すぐにメッセージを返す。 『寝れたみたいで良かったよ。 夕飯、一緒に食べようか。今から電話しても平気?』 一緒に食べるのはいいが、外食するのか、それとも買ってきて家で食べるのか、はたまた作って食べたいのか(勿論私が作るつもりだ)。それによって帰りの動きが変わるから、直接話がしたかった。 『大丈夫です』のメッセージを確認し、私は屋上に向かった。 「―こんにちは」 『こんにちは。メッセージありがとうございました』 「うんん、傷の具合はどう?」 『痛み止め飲んでますし、痛みはあんまりないです』 「そっか、良かった。夕飯、どうしたい?どこか店行くか、買ってきて家で食べるか、僕が作ってもいいよ」 『ありがとうございます。えっと…出来れば家で食べたいんですけど、いいですか?』 「勿論。まだ心も身体も疲れてるんだね。何か買ってく?簡単なもので良ければ作るよ」 『うーん……そこは、貴文さんに任せてもいいですか?』 「了解。食べたいものとかは無いの?」 『正直、思い浮かばなくて』 「分かった。じゃぁ、会社出るときに連絡するね」 『すみません、ありがとうございます』 「じゃぁ、また後で」 通話を終え、スマホをポケットに突っ込む。 電話越しだったからかも知れないが、声のトーンいつもより低く疲れている様子が伺えた。無理もない。 昨日の今日で心身共に立て直せる人間は滅多にいないだろう。 (買うか、作るか……) 私は屋上のフェンスに凭れかかり遠くを見つめる。 (マルトミスーパーは今日まで休みだから…会社近くのスーパーに寄ってみるか) 実は会社の最寄り駅に行くまでにスーパーが1軒だけあるのだが、街中にあるせいか全体的に値段が高く、種類が少ない。代わりに惣菜類が充実していた。以前は惣菜を買いにたまに利用していたが、自炊するようになってから一度も行っていない。 (……そろそろ休憩終わりだな。何せよ、定時で上がらないと) 私は腕時計を確認し、足早にオフィスへと戻った。 「お疲れ様でした」 定時。 私は鞄を持つと早々に会社近くのスーパーに向かった。 (さてと…) 久しぶりに来た。 カゴを持つとまずは惣菜コーナーに向かった。悩んだ挙げ句、めぼしい惣菜が無ければ作ろうと思ったのだ。 (カボチャのサラダにエビのカクテルサラダ、ローストビーフにセビーチェ、サーモンのマリネ、ほうれん草のキッシュ、エビのフリッター…) どれも小洒落ていて美味しそうだが、コレじゃない感が凄い。心身共に健康な状態なら楽しめたかも知れないが、もし自分が雄介くんと同じ状態だったら今食べたいのはこういうものじゃない。 (……作るか) 私は野菜売り場に向かいながら何を作るか考えた。今日ばかりは見切りを使って作るのではなく、あくまで雄介くんが喜んで食べてくれそうな物を作りたい。 (餃子か、卵料理か…) 餃子は油を沢山使うし、身体に負担がかからないようにするなら卵料理だろうか。身体に優しい料理というとどうしても和食が浮かんでしまうが、卵を使った和食と言えば思い浮かぶのも作れるのもだし巻きくらいしか…… 「あっ、親子丼はどうだろう」 野菜売り場に着きパッと目に入ったのは玉ねぎ。玉ねぎと卵で思い浮かんだのが親子丼だった。ボリュームもあるし、栄養も良さそうだ。 (後は少し野菜を買ってサラダとかかな…) 玉ねぎ、キュウリ、トマト、レタス、それから鶏肉と卵をカゴに入れ、私はレジへ向かった。
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