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「美都、僕は」
「なにもおっしゃらないで」
兄さまの口に手を添えて、わたくしは兄さまの言葉を遮りました。
「兄さまは、優しすぎるんです。その優しさと弱さが、今に至るのです。残酷ですわ」
わたくしの言葉に、兄さまは驚いたような表情をします。
「美都、おまえ……記憶が?」
「わたくしは何も覚えていません。倒れる前にどなたと一緒にいたのか、何を口に含んだのか……どんな約束をしたのか」
「美都っ」
「いいえ!何も存じ上げません。何かの病にかかったのでしょう。本来なら死ぬところを、このような身体になる事で済んだのです」
「……そう、済んでしまったのです。そう、されたんでしょう?」
兄さまの口を塞いでいた手が力無く下がり、わたくしは兄さまの胸に、少しだけ頭をもたれさせた。
「少しだけ、今だけ」
兄さまの腕は少し迷われて、ですが、そのまま肩を抱かれる事はありませんでした。
海沿いの風が、私たちに少し冷たく吹きつけます。
風よ。わたくしの涙を、どこか遠くへ運んでいって。
今後、もう泣かなくてすむように。
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