たまご

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 キラキラな目をして親指を立てたスタンプが、本当はすごく嬉しかった。 「おはよ、レイさん」 「…おはよう」 「今日もかわいいね」 「どうも」  目を開けただけの私の横には、肘枕をしながら私の顔を覗き込む彼の姿。それを横目で見て、むくり、と起き上がった。  友人の紹介で知り合った男性と、5回目の愛瀬。付き合ってはいない、と思う、多分。告白もしてないし、されてもいないから。紹介された日の帰りにホテルで身体の相性を確かめて、それが良かったもんだから今日までズルズルと。  ブラとパンツを拾って着たら、ワンピースを一枚羽織って立ち上がった。外は明るい。スマホをつけたら、時計は10:08を示していた。 「…朝ごはん食べる?」 「レイさん、昨日ほんとに…」 「ん?」 「…んや、なんでもない。朝ごはん作ってくれんの?」 「簡単なのでよければ」 「いいね。新婚さんみたい」  新婚さん、ね。  大した返事もせずに寝室を出る。追いかけるように出てきた彼は、律儀に上下スウェットを着ていた。前に私の家に来たときに、どうせ次もまた来るだろうからと勝手に置いていったもの。こうやって半同棲状態って始まっていくんだろう。 「何作んの?」 「何食べたい?」 「材料は何があんの?」  冷蔵庫を開ける。一人暮らしだけど、自炊はちゃんとするので、ある程度のものは揃っている。 「卵、豚肉、鶏肉、じゃがいも、冷凍うどん、キャベツ、玉ねぎ、ピーマン。シリアルがよければ牛乳もあるけど」 「うん、じゃあ親子丼」 「朝から?」 「好きなんだよね。たまに食べたくなる」  冷蔵庫の中からラップに包まった使いかけの玉ねぎと卵と鶏肉を取り出した。キッチンに置いて、手を洗う。 「私はあんまり好きじゃないけど」 「嫌いなの?」 「食べるのは好き。名前がちょっと」 「へー。じゃあ、"チキンとエッグの和風煮込み 〜白飯に乗せて〜"」 「ふふっ、何それ(笑)」  結局、手伝うとか言っておきながらミズキくんは隣で立って見てただけだった。ときどき『そんな切り方すんだ』とか『美味そうな匂いする〜』とか相槌みたいなのしてくれるから、新婚というより接待だな、とか思いながら。 「…ミズキくん、何歳だっけ」 「20代をちょうど2年前終えたくらい」 「…32歳?」 「そうとも言う」 「そうしか言わんでしょ」  ちょっとめんどくさい。でも何故か居心地は悪くないから不思議な人。多分、天性の人たらし。  初めて会ったとき、少し眠そうで頼りない印象だったミズキくんを見て、無意識のうちにあの人と比べた。あの人とは180度違う、私が惹かれるタイプじゃない。  そう思ったはずなのに、その日のうちに私はミズキくんの腕の中にいた。抱かれている最中もあの人と比べてしまっていたけど、妙に居心地がよくて、きっとこの人の前世は"人をダメにするソファ"だ、とさえ思った。  それから4回は彼の誘いでデートしたけど、昨日に関しては初めて私から誘った。 「お、めちゃくちゃいい匂い」  できあがったチキンとエッグのナンタラは、我ながら美味しそうだった。ふんわりと広がる、ひまわりのようなハッとする黄色が綺麗。  丼にご飯を盛って、その上に具を乗せる。  食卓に向かい合うようにそれらを並べて、それだけじゃ寂しいからインスタント味噌汁を二つ置けば、それなりにいい彩り。  久しぶりに誰かと食べる朝ごはん(時間的にもうお昼だけど)。 「最高。めっちゃ美味そう」 「期待しないで」 「なんでよ、するでしょこんなん。つか、させてよ、好きな人の作った手料理なんだからさ」 「…え?」 「ん?」 「好きなって、何が?」 「何って、レイさんのことだけど」  当たり前みたいな顔して、私が差し出した箸を受け取る。  私がおかしいみたいな雰囲気醸し出されてるけど、どう考えても今のは彼がおかしい。さらっと初めて告白してきた。  やっぱり私のこと好きだったの?そりゃあセックスはするけど。でもそれはセフレとしてでしょ?  え、じゃあ私は?私は、好き、なのだろうか。 「いただきます」 「…いただきます」  向かい合って、食べる。先に味噌汁をすする私の目の前で、丼に手をつけたミズキくんは「ほらやっぱりめっちゃ美味いよ」って目じりにシワを寄せて笑った。  手料理を美味しいって褒められたのはいつぶりだろうか。少し俯いて、考えた。  もうそろそろ、いいタイミングかもしれない。 「そういえばさ」 「うん」 「なんで嫌いなの?"親子丼"」 「…くだらないよ」 「え、なに?気になるな」  鮮やかな黄色が目に痛い。キミは、私には一生、手に入らない幸せ。 「親子丼って称しておきながら、卵の方が主役でしょ」 「え?」 「鶏肉って別に入ってなくても、卵だけでそれっぽくおいしくなるんだよ。彩りも味わいも、卵のほうが勝ってる。親子丼の大部分の美味しさを占めてるのって、"子"のほうなんだよね」 「うん、…うん?」 「私、子ども産めないの」  シン…と静まり返るリビングで、ああタイミングをミスったかもしれない、と思った。でもここで言わなきゃ、私は永遠に彼の手を離せなくなる気がする。
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