静寂の姫君

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静寂の姫君

 東の国のお姫様は、西の国の人質として、ひとり西のお城に幽閉されていました。もうずっと昔、十六年も前に、東の国と西の国の間で戦争が起こったのです。お姫様は、わずか一歳でした。  お姫様は、名前をロゼッタといいましたが、まるきりひとりで暮らしているので、お姫様の名前を呼ぶものはおりません。それでもいろいろな物言わぬ者たちが、お姫様のお世話をしておりました。 暖炉の炎はお姫様の身体を温めましたし、ほうきはお姫様にお食事をお出ししたり、毛布を掛けたり、細かいお世話をしていました。  お姫様は朝、目が覚めると、石のソファから起き出して、ほうきの持ってきてくれた温かいミルクと、くるみと干したイチジクを食べました。シャワーを浴びて、髪をほうきに乾かしてもらい(お姫様の髪は床につきそうなくらいに長いのでした)、仕事に行く支度をするのでした。 お姫様の仕事場は、街のはずれにあるねじ工場でした。朝から晩まで、左から流れてくるねじにワッシャーを着けて、右に流すという仕事をしていました。お姫様は物心つく前から、その仕事をしていました。 同じベルトコンベアで作業をしている女性たちもいましたが、みな黒いショールを被っており、どんな顔なのかもわかりませんし、誰も一言もしゃべりませんでした。
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