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左衛門の家に帰ってきた時、誰も龍次に声をかけられなかった。るりの訃報は、いち早く届いていた。その場に龍次が居合わせたことも。だが、狂気すら感じさせる勢いで人形に向かう龍次に、ことばをかけられるものは誰もいなかった。 「お師匠さん、お願いどす。『望月』から、るりの『踊り』を買い戻しておくれやす。お金はかならず働いて返します」 「るりの『踊り』を? 『望月』の旦那さんのお気に入りやが……」 「お願いでおます」 龍次は深々と頭を下げて左衛門に頼んだ。「望月」から『踊り』が帰ってくると、龍次は片時も人形をそばから離さなかった。仕事が終わると、毎夜、深夜まで自分の人形を作り続けたのだった。 「お師匠さん、見ておくれやす」 龍次が完成させたばかりの人形は、芸人が鼓をかたげて、大きな口を開けて歌っているのだ。るりの人形を思わせるようにいきいきとしている。しかし、龍次独特の技が生かされていて、役者の顔の笑いジワまで感じさせるのだ。 「ええ出来映えや! 生きてるようや」 「お師匠さん、これで完成でおます」 龍次は、芸人の横にるりの『踊り』を置いた。二つの人形は、まるでお揃いで作ったように似合っていた。龍次の芸人の鼓と歌に合わせて、るりの人形が踊っているのだ。 ―るり、ふたりが作った人形の世界で、何からも縛られんと、思うままに生きや。心から楽しゅうに振る舞いやー 龍次もまた人形の静けさの中で、何ものからも縛られず、るりの心と触れ合っているのを感じたのだった。               <完>
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