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左衛門がまだ無名だった頃に、左衛門に援助を惜しまなかったのが、るりと弥助姉弟の父だった。その後、左衛門が大成して成功したのとは対照に、るりたちの親は没落し、姉弟を残して、失意のうちにこの世を去ったのだった。哀れに思った左衛門が遺児二人を引き取ることにしたのだ。 「るり、弥助、ここが新しい家やみんなと仲良くしぃや」 「……」 あの日もるりは、その大きな目で挑むように龍次たちを凝視した。るりは無愛想そのもので、挨拶一つしなかった。弟の弥助は青白い顔をして、姉の影に隠れるように立っていた。るりは十三歳、弥助は十歳だった。 「うち、人形が見とおすねん。見せておくれやす」 るりは、ずかずかと作業場に入り込んだ。制作中の人形や完成間近の人形をじろじろながめた。そして投げ捨てるように言ったのだった。 「なんや、綺麗で可愛いだけや、代わり映えしぃひんな……」 「なんやと! もう一回ぬかしてみい!」 「うちは感じたままを言うてるだけや。」 「龍次、るりは誰になろうたわけでもないが、人形を作ってるのや」 左衛門が龍次とるりをとりなすように言った。龍次は、素人が遊びで作った人形と一緒にされたくないと思ったが、この生意気な少女の人形を見てみたい気もした。 「るり、おまえの人形をみんなに見てもらえ」 左衛門が言うと、るりは大切そうに持っている包みから、人形を取り出した。加茂人形だった。芸人らしい男が、手を広げて踊っているのだ。素朴で端正さはないが、今にも踊りだしそうな躍動感と楽しさが伝わってくる生き生きした人形だった。 左衛門の弟子たちは、口々に「なんや素人のあそびやないか……」とあざけるように言った。 「うちの人形はここにある人形とは芯から違うんや。人形はうちの魂を表しているんや!」 龍次は、るりの人形からあふれ出す生命力に心を惹かれた。そして、るりの型にとらわれない大胆な発想やそれを表そうとする熱情に非凡な才能を感じたのだった。 左衛門は、るりと肺病を患う弥助を離れに住まわせた。るりの人形は、発想には並外れたものがあったが、今一つ技術が伴わないことは、さすがのるりも認めざるを得なかった。 左衛門をどう説得したのか、るりは左衛門の弟子になった。「女と一緒に仕事をするのは嫌だ」と言ってるりにつらく当たる弟子もいたが、るりの仕事ぶりは桁外れに熱心だった。あれから五年の歳月が流れ、今では、るりも腕のいい弟子の一人になったのだった。
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