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左衛門はいつも、二、三人の弟子といつも高瀬川に面した二階の部屋で仕事をしている。弟子は、桐のおがくずに、しょうふ糊を混ぜて作った桐塑という材料を型で抜いた、同じ顔の人形を幾つも作った。
「同じ顔でないとあかん。同じ顔に描けたら一人前や」
だが、師匠の左衛門は、注文を受けた人形の顔を桐材で一つ一つ彫っていた。左衛門の端正な美しさの人形は評判で、公家や武家からのご用命も賜っているほどだ。師匠の技に見とれながら、龍次は思った。
―人形はほんまに難しいなぁー
―人形の体を彫るときは彫師にならんとあかん。塗りは絵描きやー
―髪は髪結いにならんとあかんし、着物もあんじょう着せんとあかんー
優れた感性がなければ、人形は洗練されたものにならない。左衛門の跡継ぎとみなされているほど腕に誉のある龍次でも、まだまだ、完璧な人形を作れたと思えたことはないのだ。
龍次とるりは、八つ時の団子を食べながら、こんなことばをかわした。
「わしは、早うお師匠さんのような仕事をしたいもんや」
「うちは評判になったり、偉いひとから注文がくることなんかどうでもええ。そやけど、お師匠さんのような腕は欲しい」
「わしもお師匠さんが作らはるような、胸が清々しいなるような美しい人形が作りたい」
龍次もるりも、それぞれの思いを胸に懸命に人形に向かった。会えば口喧嘩をする二人だったが、龍次はるりの生き生きした大胆な発想とそれを表す熱情を、るりは龍次の美意識とそれを表す確かな腕を認めていた。ある日、左衛門が弟子を集めていった。
「いっぺん、みんなに自分の人形を作る機会を与えてみよと思う」
弟子たちがざわめいて、それぞれに顔を見合わせた。
「数物やない。思い思いに作ってみよし。期限はひと月やで」
真っ先に手を挙げたのは、るりだった。
「うち、やります。うちの新しい人形で勝負や!」
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