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だが、人形は雛人形のような数物をこなす方が、利益になり、生活にもつながる。職人が自由に作った人形を欲しがる客は少ないのだ。金にならない仕事を……と、ためらう弟子もいた。龍次も暮らしのことを考えはしたが、この機会を逃すわけにはいかないとも思った。
龍次は真っ先に名乗り出たるりに向かって言った。
「わしの人形は、新しさばかり追って洗練されへん人形とは違う」
「人形が形にこだわっている間は、人形はからっぽやわ。人形はうちの心から生まれたもう一人のうちなんや」
「わしの人形がからっぽやと言いたいんか!」
また始まった口論を左衛門は笑いながら見ているだけだった。龍次は、密かに作っている人形のことを思った。にらみ合っていた二人が離れると、左衛門はるりに近づいて、あごを弥助がいる離れのほうにむけて尋ねた。
「るり、弥助の具合はどうや。ようないと聞いているが……」
「へえ、あんまりええことおへんのどす。咳がひどうて……」
「なんぞ滋養のあるもんを食わして、風通しもようせんとあかんな」
「弥助をほっといて、うちが人形に気を取られてたさかい……」
るりはしょんぼりして、目を潤ませた。いつもの挑むような目をしたるりとのあまりの違いに、龍次は、弥助の病状の重さを思った。両親を失い、たった一人の身よりである弥助の病は、どれほど心の痛手であろうか。
龍次は肩を落として目を潤ませているるりと、幼い頃、両親を亡くした自分が重なった。るりの不安や心細さが痛いように伝わってきたのだった。龍次は、るりに優しいことばをかけてやりたいと思ったが、気の利いたことばが浮かんでこず、口惜しかった……。
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