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るりの人形は『踊り』と題されていた。嬉しさを抑えきれないように目を細めた女が空を仰いでいる。左手を曲げて胸の前に出し、右手は指を揃えて右に流している。女はけっして若くもなく、美しくもないが、全身で喜びを表すように踊っているのだ。
「ほぉ……」
弟子の一人が感嘆の声を上げた。
「るりらしいな。人形が生きとおる。全身で喜びを表してるな」
「いきいきしてて、見てる者まで幸せな気分になりますな」
「そやけど、作った本人、るりはどこにいますのや?」
師匠と弟子たちの会話を聞いて、龍次は落ち着かない気持ちになった。いつもなら自分の人形を見て、言いたいことをずけずけいうるりの不在が、たまらなく寂しく感じた。左衛門に聞いても、ただ首を振るだけなのだ。
龍次は思い切って、離れに足を運んだ。ところが、離れは、もぬけの殻だったのだ! 二人の布団が畳んで部屋のすみに置かれているだけで、がらんとしている。二人が生活していた痕跡が一切消えていた。
通りがかった女中が、雑巾を手に持ったまま龍次に告げた。
「るりと弥助は、いいひんで。弥助の肺病が悪うなったさかい、内緒で田舎へやられたんや」
「それはいつや!」
「しらんけど、弥助が血ぃ吐いたさかい。ああ、こわ……」
女中はさも恐ろしそうに身震いした。
「龍次さんも離れに近寄らんほうがええで」
そう言いながら、雑巾で離れを拭い始める。
―るり、弥助が悪いんやったら、なんでわしに言うてくれへんかったんや!―
―口喧嘩ばっかりしたけど、おまえの人形を誰よりわしは認めてたんやでー
―なんにも言わんとどこへ行ってしもたんや!―
もぬけの殻の離れを前に龍次はぼう然と立ち尽くしたのだった。
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