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龍次は、るりの行方を必死の思いで探した。「るりにはるりの事情があるんや。探してやるな。るりと弥助のことは忘れろ」と左衛門は言うばかりで、二人の行き先を頑として教えなかった。 るりたちを探そうにも、二人はもともと身よりがない。友だちと言っても、るりは作業場と離れにこもってばかりで、親しい友だちもいなかった。今頃どこにいるのだろうか。人形作りは続けているのだろうか。そう思うと、龍次は人形に手をつけることすらままならなくなった。 それでも龍次は仕事に打ち込むことでるりを忘れようとした。ちょうどそんな時、師匠・左衛門が明るい表情で作業場に入ってきたのだった。左衛門は老舗人形問屋『望月(もちづき)』に行っていたのだ。 「龍次、人形問屋の『望月』さんがおまえの『洗い髪』を買い上げてくれはったで!」 「ええ! ほんまだすか!」 そう反射的に言ってから、龍次は胸を抑えた。喜びもつかの間、胸に何か刺さったような痛みを感じた。『洗い髪』がお買い上げになったことをるりが知ったらなんと言うだろう。るりが『洗い髪』を見たら、どんな意地悪なことばを浴びせてくるだろう。一番聞きたい人の声がない。その事実が、龍次の胸を痛めた。 『望月』の主人繁太郎は、左衛門の愛弟子・龍次の人形をことのほか気に入ったようで、龍次の人形を次々と高値で買い上げた。そこで、左衛門は『望月』へ挨拶に行くように龍次に伝えた。 龍次が『望月』で通された部屋は、主人繁太郎(しげたろう)の部屋だった。そして、そこにはるりの『踊り』が飾られているのだ。
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