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―なんでるりの『踊り』が旦那さんの部屋にあるんや!ー ―るりと『望月』の旦那さんとなんぞ関係があるんやろか?ー ―わしの『洗い髪』とちごて『踊り』なんや……― しばらくして現れた繁太郎は四十そこそこ、恰幅のいい、なかなかのいい男だ。 「龍次さんと言わはったかな」 「へえ……」 「龍次さんの『洗い髪』もるりの『踊り』もええ人形だすな」 繁太郎が「るり」と呼び捨てにしたのを聞いた時、龍次は棒で殴られたような衝撃を受けた。繁太郎の声は、情のある、自分の思いのままの女を呼ぶ独特の声だった。 「るりが、泣いてばかりで、どうしようもおへん」 「るりは、どこにいてるんどすか?」 「弥助は空気がきれいなとこでないとと思うて、大原(おおはら)の里に行かせたんどすけど、手遅れどした……」 「……手遅れ! 弥助は亡くなったんどすか!」 ―弥助を助けるために、るりは『望月』の旦那さんの妾になったんや……― 龍次は、今すぐにでも繁太郎のもとを去りたかった。しかし、屈辱を必死でこらえて、るりの居場所を聞き出した。 ―なんでや! なんであんな男のいいなりになったんや!― ―重い肺病の弥助を抱えて、これ以上、お師匠さんの世話になれへんと思ったんか?― ―わしのことはこれっぽっちも考えてくれへんかったんか?― 最近、自分の人形が売れるようになった。だが、るりを養い、肺病の弥助を療養させるほどではない。そのことが、龍次はほとほと情けなかった。逃げるように左衛門の家に帰った龍次は、左衛門に尋ねた。 「お師匠さんは、弥助が亡くなったことを知ってはりましたんか……」 「……」 「るりが『望月』の旦那さんの世話になってるさかい、るりのことは忘れろと言わはったんどすか」 「あの気性や、るりをそっとしておいてやれ」 「お師匠さん、大原へ行って、るりにおおて来ます。しばらく暇をおくれやす。おねがいどす」 龍次は左衛門に暇をくれるように頼み込んだ。左衛門は渋った末に、やっと暇をくれた。龍次は、取るものも取らず、るりがいる大原の里へ急いだ。会いたかった。ひたすらるりに会いたかった。
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