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指をプレーヤーにかけたまま、ゆっくりと振り向き彼は続ける。
「だから俺、ぴんときちゃったんだ。ああそうか、俺の浮気は全部こいつのせいにできるかもしれないなって。俺の浮気相手と一緒の名前の妹を持つ不動産屋の兄ちゃんと出会えるなんて、ほんとにそれこそ美蘭の言う『運命』だよな」
最後に再生ボタンを押した康隆は、真っ直ぐベッドの方へ来ると、そのまま美蘭に覆いかぶさった。
「康隆……?」
美蘭が我が耳を疑ったのは、理解が追いつかない発言の数々と、わざわざ選曲し直された、ショパンの『別れの曲』。
気付けば彼の身体の下にいた。分厚い胸板が面前で広がって、他の景色は見えやしない。
「ねえ康隆、どういう意味……?」
酔っているせいなのか、それともわたしの頭が悪いのか、と美蘭は康隆に真意を問う。すると彼は顔を近付け、彼女の耳元でこう囁く。
「もう一回やり直そうな、俺たち」
「え?」
「美蘭は死ぬまで俺の恋人、そうだろ?」
「う、うん……?」
そしてその顔を、おもむろに遠ざける。
「美蘭。俺はもう絶対、美蘭を離さないから」
それはきっちり腕一本分遠くなった距離で、見覚えのある光景だった。
「今度はもう離さない。美蘭が死ぬまで絶対に」
そう、それが望みだと美蘭は思う。わたしは愛する康隆と、一生離れたくないのだと。
「あ……う…し……」
ありがとう、わたしたちは死ぬまで一緒ね。
そう言いたいけれど、どうしてだか言葉が上手に出てこない。段々と薄れる視界。気絶癖がこんな時に発動してしまったと、美蘭は焦る。
「や……か……すあっ…」
康隆、好きよ。愛してる。
遠のく意識の中で、美蘭は懸命に想いを伝えた。そんな彼女の耳へ降り注ぐ、康隆の優しい声。
「最期まで、俺を愛してくれてありがとう。天国まで逝ってらっしゃい」
その言葉と同時に、美蘭の目の前は真っ暗になった。メロディアスな『別れの曲』は、意識失うその瞬間まで聞こえていた。
ミシッと基盤を鳴らし、ベッドから康隆が降りる側、美蘭の安らかな顔が麗しい。
天国に逝った彼女は、こう思っていたという。
大丈夫。きっとすぐに、愛する康隆が起こしてくれる。大丈夫。わたしはもう、あなたを信じると決めたから。
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