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#01 別れの曲
「なあ美蘭っ……もう二度とそんな言葉、俺の前で口にしないでっ……」
これ以上美しい旋律を作ったことはない。
作曲したショパン自身がそう公言するほど、メロディアスな『別れの曲』。しっとりとした曲調がとても儚げで、思わず耳を澄ましてしまう。
「なあ美蘭、今すぐここで約束してよっ……もうそんなこと言わないって、俺のことをずっと愛するって……」
そんなクラシックがかかる部屋で、男女がふたりベッドの上。淡いムードに包まれてるのかと思いきや、片や相手の首に手をかけて、片や死を意識しているのだから驚きだ。
「も、もうそん、そんなこと……言いませ……」
「ああ?ぜっんぜん聞こえないんだけど!もっとはっきり!」
「もうそんなこと、言いませんっ……」
「俺のこと、これからも好き……?」
「っ……」
「好きかどうか聞いてんだ!答えろよ!」
筋の浮き出た太い腕で、垂直に体重を乗せられて。気管を目一杯抑えられた美蘭は、心にもないことを口にする。
「す…き……っ」
死ぬ、死ぬ。このままじゃ死んじゃうっ。いいから早く、この手を離してっ。
それは生きたいという一心から出た言葉。兎にも角にも死にたくないと、その思いだけで発せられた言葉だ。
「これからも、俺の恋人やってくれる……?」
ほんの少し手の力を緩めた康隆の目から、一筋の涙が流れいく。
「美蘭は死ぬまで俺の恋人だって、そう約束したじゃんかっ。だから、だからこれからもっ……」
そこで口を噤む康隆。どうして人を殺そうとしているそっちの方が泣いているのだと、美蘭の背を走る虫唾。
「や、約束するっ」
それでも美蘭が演じるのは、康隆を好きでたまらないってそんな女だ。
「さっき言ったことは間違ってたっ。康隆と別れたいだなんて本当は思ってないっ。わたしただ、寂しかっただけなのっ。康隆が他の子のとこに行っちゃうんじゃないかって、不安だっただけっ」
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