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おぼつかない足で美蘭の隣までやって来た康隆は、彼女の額へキスを落とした。彼に触れられた箇所からどんどん、彼女の身体が火照っていく。
「わたしもっ。わたしも我慢できないっ」
額から離れた康隆の唇を、今度は美蘭が奪った。
ふたり手を繋ぎ寝室へ向かうまでの廊下にも、クラシックミュージックは響いている。今流れているのは、ベートーヴェンの『運命』。激しく歓迎されているようなそのテンポに、美蘭の胸は高鳴った。
「美蘭、好きだよ」
寝室へ着くと、康隆は美蘭をゆっくりとベッドへ横たえる。甘い言葉をくれた、ほろ苦いキスをくれた。酒の苦さが少し混ざった、彼女の大好きな味。
「美蘭も、俺のこと好き?」
唇同士をつけては離し。
「うん。大好き」
また重ねては、離す。
「俺も好き」
その合間に会話をするのも、じゅうぶん幸せなのだけど。
「んっ……」
美蘭は早くその先がしたくて、もどかしい。
「康隆、早く……」
抑えきれず、それを率直に伝えようとしたその時だった。
「あ、美蘭。そういえばさ」
康隆が、ベッドから降りた。
もうお喋りなんて後にして、全身で愛し合いたいと焦れる美蘭を置き去りに、窓際へ向かった彼は機械を操作し曲を止めた。ピッピと指先で音を奏でる彼の広い背中を目に、彼女もシーツから背を剥がす。
「なに、康隆。どうしたの?」
「あー、あのさ。一宮の話なんだけど」
「翔眞さんの話……?」
その名前はこのムードの中、一番聞きたくない。
「翔眞さんが、なに?」
けれどもしかしたら、これだけは話しておかなければと、康隆が勇気を振り絞ったのかもしれないと思い、美蘭は耳を傾けることにした。ピッピと操作を続けながら、後ろ姿で彼は言う。
「俺が一宮とこの部屋の内覧をした日さ、俺も気を良くして美蘭の名前なんかをやつに教えちゃったんだけど、実はあいつもベラベラと、家庭のことなんかを話してきたんだよ。例えば、妹の名前とかさ」
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