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#04 一目惚れから始まった恋
「おはよう、谷口さん。なんか髪、少し切った?」
翌日。康隆の家からそのまま出社した美蘭の元へ早速やって来たのは、彼女より一年先輩の一宮翔眞。
「おはようございます、一宮さん。切ってないですよ。今日はハーフアップだから、もしかしたらそう見えるのかもしれないです」
「ああそっか、なるほどね」
なんてことない短い会話を終えて、それぞれデスクに向かい、業務にあたる。翔眞の隣の席からは、コロコロとキャスターの転がる音がした。
「翔眞ってば今お前、絶対胸ドッキュドキュだろ」
しししと悪戯に微笑んで、翔眞の耳元でそう囁いたのは坂上純也。ふたりは同期で仲が良いから、しょっちゅう仕事以外の話をする。
「ド、ドッキュンしてねえよっ」
「そうかあ?だってほら、お前のお気に入りたにぐっちゃんが、超ど可愛いハーフアップだぜ?去年までの制服は地味だったけど、今年から一新してエレガントになったし、もう今日は見惚れちゃって、仕事になんねえよな」
「アホかっ」
そう言って、パソコンに集中するけれど、どう工夫したって視界の隅に入ってしまう美蘭の姿が、気になって仕方のない翔眞。
だめだ、集中しろ集中っ。こんなんじゃ、谷口さんにバレるだろっ。
赤らんだ頬を隠すため、顎をひく。暫くが経ち、ようやく肌色が正常に戻った時、「すみません」と声をかけられた。
「な、なに?」
「あのお、一宮さん。わたし先、お昼入っちゃってもいいですか?」
「え、ああ、もちろん。どーぞどーぞ」
「ありがとうございます」
制服の上からトレンチコートを羽織り、外へと出ていく美蘭の後ろ姿。それにもまた翔眞が見惚れていれば、どうしてだか純也が彼女の隣についた。
「俺もお昼にしよ〜っと。たにぐっちゃん、一緒に行こ〜」
そのツーショットに焦れた翔眞は、すぐさま上司に許可をとる。
「ふ、古見さん!俺も昼入っていいっすか!?」
しかしここは、小さな不動産会社。働く人間の過半数が店舗を出て行ってしまえば困るわけで。
「だめに決まってるでしょ」
のひとことで、翔眞は撃沈。すでに浮かせていた尻を椅子へ落として項垂れた。
「ちくしょう、純也のやつ〜……」
俺の気持ちを知っているくせに、と舌を打つ翔眞は、古見千紗子の冷ややかな視線に気付かない。
美蘭が入ってから、ほんと一宮くんは変わってしまったわ。
眼鏡フレームをくいと上げ、ふうと溜め息を吐く古見。カチャカチャとパソコンを操作しながら、美蘭が入社してきた先月を思い出す。
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