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「谷口さん、今日このあと暇してない?」
早番、中番、遅番と、三つのパターンのシフトでまわしているこの店舗で、美蘭と終業時刻が被る時、翔眞はどうしても彼女を誘ってしまう。
「もしよかったらご飯でも行こうよ。近くに美味しいイタリアンがあるんだ」
入社してから一ヶ月。翔眞の誘いを幾度となく断ってきた美蘭の頭に過ぎるのは、こんなこと。
今日は康隆、会社の人たちと飲み会だって言ってたな。連絡くれても返せないからって。まさかリカと会うんじゃないよね……?康隆んちに突撃訪問したらヤってましたとか、そんなことないよね……?
康隆のことは信じたいけれど、訝しがっているのも事実。むしろ不審の割合の方が多いから、もしこのまま真っ直ぐ家へと帰れば、不安で居た堪れなくなった己が何か証拠を得ようと、不躾に彼の自宅へ足を運んでしまうかもしれないと、そう懸念した美蘭はひとりにならない時間を欲した。
「イタリアン、大好きです。連れていってくださいっ」
今日も今日とて断られるだろうと思っていた翔眞は、美蘭の意外な返答に驚いた。
「ま、まじで?いいのっ?」
「はい。そんなに高いお店じゃなければ」
「値段なんか気にしなくていいよっ。そんなん俺が払うから」
じゃあ行こ、と言って、美蘭と並び歩く道。手は繋げない、腕も組めない。それでも翔眞は幸せだった。彼女と初めて過ごすふたりきりが。
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