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「仕事、どう?」
缶酎ハイで乾杯し、箸を進め始めた時だった。
「仕事、楽しい?」
康隆からいつものフレーズを口にされ、美蘭はしょんぼり肩を落とす。
「楽しいよ……」
「物件の契約、ちゃんと取れてんの?」
「ひとりではまだだけど、先輩と一緒になら」
「そっか」
そこで途切れて静まり返る。クラシックも流れていない美蘭の家では、静寂がやたらと耳につく。
「どうしてそんなに、最近仕事の話ばかりするの……?」
前はもっと楽しかった。次のデートスポットはどこにしようかとか、あのドラマがおもしろくてとか。けれど近頃のトークは専らこれ、『仕事どう?』。本当は今日観た映画の感想なんかで盛り上がりたかった美蘭だけれど、それより康隆の真意を聞きたくなった。
「わたしの仕事の話なんか、べつにどうだっていいじゃない。なにかあればこっちから報告するし、学生時代バイトしてた時も、そうだったじゃんっ。それなのになんで、最近の康隆はわたしと仕事の話しかしてくれないの?なんかろくに話題もない熟年夫婦みたいで、嫌だよっ。もっと違う話も、いっぱいしたいっ……」
これもリカのせいなのか。わたしから康隆の心が離れていっている証拠なのか、とそう思えば、つうと伝っていく一筋の涙。
「美蘭……」
康隆はそれを、伸ばした手で拭って言う。
「俺は心配なんだよ。俺も美蘭もこの不景気で就活すっごい苦しんで、望んだ業種には採用されなかったから」
「だから、なに?」
「だって不動産屋に勤めたいだなんて、美蘭の口から聞いたこともねえじゃんっ。しかも同期もいないっていうし、そんなんうまくやれてるか気になんだろっ」
真剣な眼差しと、絡む視線。これが康隆の本音なのか嘘なのかがわからないから、美蘭の涙は止まらない。
「わたしのこと、本当に好き……?」
「好きだよ。どうしていきなりそんなこと聞くの」
「だって、だってじゃあっ……」
じゃあリカって誰なの。
そう聞けないのは、フラれるのが怖いから。
頬にあてがわれた康隆の大きな手に、もみじのような手を重ね、美蘭はそっと瞳を閉じる。
お願い、リカ。わたしからこの人を取らないで。
そんな美蘭の願い虚しく、彼女は康隆が自分以外の女性とラブホテルに入る後ろ姿を目撃してしまうのだった。
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