#05 立場逆転

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#05 立場逆転

 シャンプーのCMに出てきそうな、艶やかな黒髪ロングが印象的だった。仲睦まじくラブホテルへと消えていく康隆とリカは、どこからどう見ても恋人同士だった。 「……なんで尾行なんかしたのよ」  六月に入ったこの日は、雨がしとしと降っていた。前日の夜、大泣きする美蘭との電話では上手く話を聞いてあげられずに、翌朝のあずさは、美蘭の自宅を訪れた。 「なんでって、怪しかったから……」  尾行した訳を聞けば、美蘭からぽつりと寄越された返事。怪しかったのは前々からで、それでも彼の愛を信じるんじゃなかったのかと刹那あずさは思ったが、それも数週間ほど経てば、限界がきたのだろうと思い直す。 「ハートだらけのメッセージに、そしてラブホ。もうやめなよやめな、康隆くんなんて。美蘭なら他に言い男、いっぱい寄ってくるんだから」  親友である美蘭が望む道を、本当は応援してあげたいあずさ。けれどこんな酷い男には、大好きな彼女を任せておけないと思った。 「ねえ美蘭。康隆くんのことまだ好きなのはわかるけどさ、あっちはこうしてる今も、リカを家に連れ込んでるかもしれないんだよ?美蘭を平然と、裏切ってるかもしれないんだよっ。もういくら学生時代の彼の愛を語ったって、わたし康隆くんを信用できないよ」  康隆とリカが交わる姿。そんな想像を一度してしまえば、美蘭は呼吸が困難になる。胸に手をあて苦しみながらも、彼女は思いを吐き出した。 「でももしかしたら明日にでも、康隆はリカと縁を切るかもしれないっ……」  いつかきっと、またわたしだけを見てくれる。  そんな糸よりも細い望みを持っていなければ、美蘭は我を保てない。 「だってわたしたち、もう三年も付き合ってるんだよ?こんな出逢ってまだ二ヶ月のリカに、わたしと康隆の関係を崩せるわけないよっ……」  美蘭、好きだよ。  その時彼女の脳で木霊したのは、愛を囁く康隆の声。長い年月をかけて育んできた彼との愛を失う以上の悲しみは、この世界のどこを探しても存在しない。  物憂げな表情とは裏腹に、ポジティブばかりを口にする美蘭。今の彼女には何を言っても響かないと判断したあずさだけれど、最後に助言だけは残す。 「希望を捨てろとは言わないよ、美蘭。だけどリカとの立場が逆になった時、今よりもっと傷付くのは美蘭だからね」  そんなあずさの言葉が現実に起こってしまうのは、それからすぐのことだった。
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