#01 別れの曲

5/5
前へ
/138ページ
次へ
 目を逸らし、声まで震え出してしまえば、それはもう「はい隠してます」と言っているようなもので。 「美蘭。悪いけどやっぱカフェ(ここ)じゃだめだ。当初の予定通り、美蘭のマンションに行こう」  そう言って立った翔眞は、美蘭の座る椅子にかけられていた彼女の鞄を肩にかけると、すぐに彼女の手もとった。 「ちょ、翔眞さんやだっ!家はやだっ!」 「俺だってここはやだ。震える美蘭を、抱きしめてもあげられない」  男と女。翔眞の引力に、美蘭が勝てるはずもなし。彼女の抵抗虚しく到着した、自宅マンション。解錠し、扉を開けた翔眞と共に玄関へ入れば、すぐに美蘭のジャケットのジッパーは下ろされた。 「きゃっ」  小さく鳴く彼女の前、翔眞の顔から血の気が引く。 「な、なんだよこれ……あいつに、あいつにやられたのか……!?」  美蘭の首で伸びる幾筋もの朱線が、昨夜の戦慄を物語る。  ふざけんなよ。俺の美蘭をこんなんにしやがって。  康隆への怒りや憎しみが、すぐに翔眞の感情を支配しそうになるけれど、すぐそこで怯えている愛しき人を癒すことがまず大事だと、彼は冷静さを失わなかった。 「美蘭っ」 「んっ」  抱きしめると同時に、優しく美蘭に口づける。しかしそれをもっともっとと求めながらも、美蘭の心は葛藤していた。  わたしはまだ、康隆の恋人なのに。  ふたりきりになれてしまう環境に置かれれば、翔眞を欲してしまうと思った。だから自宅は嫌だった。  彼女の躊躇いは遠慮しがちなキスに出て、翔眞はそっと唇を離す。 「美蘭、大丈夫。大丈夫だから……」  近距離で見つめ合い、翔眞はぎゅうと美蘭を抱く。彼が与えてくれる温もりの中、彼女の耳に届くはこんな言葉。 「美蘭に他の男がいたって構わない。俺たちもう、付き合ってしまおう」
/138ページ

最初のコメントを投稿しよう!

148人が本棚に入れています
本棚に追加